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2nd 先日からタイの国際空港が、反政府派の市民グループに占拠され、閉鎖されたニュースが流れている。今日は死者やけが人まで出ているそうだ。夫は夕食前、タイで仕事をしている兄の様子を義姉に電話して尋ねた。丁度、今夜の飛行機で帰国できる事になったと聞き、一安心した。夕食後には、現政府が退き空港の閉鎖も解かれる展開になりそうだとのニュースが流れた。時々刻々、世の中の動きから目が離せない。翌晩、無事に軍の空港から発った飛行機で帰国し、自宅に着いたとの電話があった。ヤレヤレ。
3rd 4回目の日本語講座。ロシア人のセルゲイが来て、20分間ロシア語だけで「ロシア語教室」をした。学習者の立場に立つ経験である。英会話も中国語もその言葉でレッスンを受けてきたので、大丈夫だと思っていた。とんでもない!頭の中が嵐のような時間だった。その後にセルゲイが流暢な日本語で解説しはじめた時、呪縛を解かれた安堵を感じた。私が英会話や中国語をその言葉で学び始めたのは、基礎学習を日本語で終えてからで、分からない事や聞きたいことがあれば質問できる能力があった。『TAN』という言葉を投げらてれも、分からないと首を横に振って表現するしか手段がなくて、とてももどかしかった。
4th うちのプリンターは縁なし印刷ができないので、姉のプリンターを借りに行った。ついでに作務衣の型紙を持って行った。もらい物の生地があるので、それで作ってくれるんだそうだが、多分生地が不足するので2つの生地を合わせて作る事になりそうだと言う。いつ完成するか分からないと念を押されたが、それでも出来上がりが楽しみである。先日の聞き書き講座には、偶然、生母と姉も参加していた。姉が言うには、生母は柳田先生の話にしんみり気づく事があった様子だそうだ。同じ講座に参加しても、それぞれ目的も気づくところが違うのも面白い。人が言葉に合うのもまた、縁だと思う。
5th 午前中、家で片付け物をしていたが、明日から天気が悪くなると聞いて、畑へ野菜を採りに行った。作業服の二人の男性が、うちの畑に入って、向かいの家を眺めては、何か書類に書き込んでいた。別にうちの畑に入り込まなくてもできることだ。キッとにらんで脇から畑に入ると、二人は道具類を仕舞って去った。何を調査していたのだろう?
今話題の、1000円カットの店で髪を切ってきた。悪くない。洗髪も安くやってくれる店ができるといいのにな。そしたら毎週でも行く。6th 中国語講座の忘年会。レッスンを早めに切り上げて、先生と初級・中級の受講生合わせて10人で『您好(ニンハオ)』へ出かけた。お店に着くと勝手にテーブルを動かして席を作り、予め電話で予約しておいた餃子が運ばれると、餃子で乾杯して始まった。メニューを見てほしい料理を2皿ずつ注文し、少しずつ分けて食べたので10種類くらい味わえて楽しかった。中国人のウェイトレスに下手な中国語で注文するが、通じなくてもたついていると、ママさん(中国人)が出てきて日本語でケリをつけ大笑いの連続だった(^^ゞ おまけに発音も訂正された。先生が春節にも来たいと言うと、既に加賀市の国際交流協会が予約してあったので、日をずらそうという事になった。ママさんから「その時何か出し物をひとつずつやって」と言われた。ママさんは日本舞踊ができる!
帰りに母のところへ寄ると、腰痛と吐き気でノビていた。嫌がっていたが、パジャマの上にコートを着せ、車に乗せて病院へ連れて行った。母の主治医ではなかったが、腰のレントゲンを撮り、採血し、痛み止めの座薬と吐き気止めの点滴をしてもらった。夫に連絡すると、飲みに出かけるのを止め、深夜勤務に出る娘のために、ご飯を炊いたり、急に降り出した雪に、スノータイヤの交換などしてくれた(*^^)v7th 体調が悪い母に代わって、Nさんちの先代の7回忌・先々代の奥さんの33回忌に行く。お寺の都合で時間を変更したにもかかわらず、時間になっても御坊さんが来られず、電話をすると「今、出ます」とそば屋の出前のような返事だった(^^ゞ 早口のお経に意味不明の法話で、御坊さんが帰るや否や、皆から非難轟々だった。場所を移動して料亭での、NさんやNさんのばあちゃんのあいさつの方が、よっぽど心がこもっていて良かった。料亭まで母の従弟の車に乗せてもらったが、「もみじマークのクラウンや!」と思わず言って顰蹙を買い、その後「『もみじ』が『枯葉』になって『落ち葉』になる」と更にキツイことを言ってしまった(^^ゞ
8th フェスタのプログラムの打ち合わせ。チラシの失敗を踏まえ、この次の校正はしっかりやらなくては!
休みの娘がナンを焼くと言ったので、カレーを作る事にした。そこへ夫が野生の茸を持って帰ってきた。なめこだと思うが、コケ採り名人の妹である叔母に確認のため見せに行き、半分置いてきた。コケ料理はゴミをとったり洗ったりに手間がかかる。おまけにもう一種は初めて採ってきたコケだ。夫がはしゃいでいるほどには嬉しくない。。名前を調べるため、ネットを検索していた夫が、採ってきた人の妻が食べようとしないブログを見つけて、やっと私の気持ちが分かったようだ。なめこの味噌汁だけ作った。先日の聞き書き講座で「一人が死ぬと一つの図書館が無くなる」と聞いたが、コケ採り名人だった人が死ぬと、博物館も無くなるんじゃないだろうか?カレーは、生の青唐辛子があったので刻んで入れたら、タイ式カレーのようなサッパリした辛味が効いてうまっかった!9th パソコン作業に飽きてコンポストへ生ごみを捨てに行った。蓋を開けると、まだ虫が飛んで出てきた。ストーブをつけてパソコンをしていたが、そう言えば今日は暖かい。日暮れて雨が降り出してから買い物へ行った。傘を差して自転車に乗っている中高生、大人が多く、とても危ない。中高生は制服が真っ黒で忍者みたいだ。先日は『国境なき医師団』から、今日は『ユニセフ』から寄付を募る手紙が夫宛に届いた。どこで名前を拾ってきたかが気になるけれど、郵送の手間や郵送料を使ってでも収支が取れるってとこも気にかかる。先週、1回MTXを飲み忘れたと騒いでいたら、夫が「飲んだんかい?」と何度もうるさい。ご注意はありがたいけど(^^ゞ
10th 5回目の日本語講座。『学校型』と『参加活動型』の授業の比較は面白かった。一長一短があり、上手く組み合わせる事が大切だ。能美市周辺で国際交流活動を行うボランティアグループ、インターナショナル倶楽部「KOOKABURRA」の人が来て宣伝して行った。
レディースネットワーク理事会。来月の大垣サミットへの参加を募る話題で、ものすごくテンション下がっていたので持ち上げてきた。大垣に、ものすごく頑張ってる女性リーダーがいる事と、シンポジウムでパネリストの各首長がボロ出さないか見てくるのも楽しいぞ〜って。その後『きらめき』編集員の忘年会の打ち合わせをして、時刻を聞き忘れた事に気づいたが、何故かその時、私としては珍しく電話して尋ねなかった。翌日、その計画が流れたと連絡がある。最近よくこんな事がある。渡し忘れた書類に訂正が出たとか、連絡しなきゃと思っている相手から丁度電話がかかってきたりとか。11th ニューグランドホテルの尾山神社が真正面に見える部屋で、リウマチ友の会の委員忘年会。12名参加。食事の内容より、景色が印象深かった(^^ゞ てっきりカメラを忘れたと思ったのに、帰宅してバッグの底にあったのにはガックリきた(^^ゞ 小松での講演会の講師は決まったし、来年の総会の講師の目星もあるので、少しホッとする。Tさんからドイツのお土産をもらったり、写真を見せてもらったりした。
12th 娘は今夜は忘年会で、その準備に忙しい。自分のジャージを返してくれと言う。あれは私がもらったのだと言うと、やったつもりはないと言う(^^ゞ それから私のパーカーを貸してほしいとも言う(^^ゞ お小遣いを、ほとんど洋服や化粧品に使ってるくせに、ナンノカンノとせこい娘だ。娘に言わせると、私がせこいと言う。
夕飯の買い物は必要無いが、明日のおしゃべり会用の飲みものを車で買いに行った。レジの兄ちゃんが、買った物をカートに乗せてくれて助かったが、そのカートを駐車場の車の横まで押していくのが大変だった。こんな日に限って、いつも玄関付近にいる警備のオジサンがいない(^^ゞ13th 午前中、6回目の日本語講座。模擬授業をグループで組み立てる。4人で話し合ったが、BALLI(Beliefs About Language Learning Inventories )の相違を感じた。同じ日本人で、石川県に住み、ある程度似た動機を持ってこの講座を受けに来た私たちなのだが。これが更に、国も学ぶ動機も違う外国人を相手にするのだから…(^^ゞ
午後、第22回リウマチおしゃべり会。14名参加。そのうち一人は取材に来た新聞社の記者だ。あ、しまった。彼にも『30秒でお話しましょう』に参加してもらえばよかった。今回もMさんに司会をお願いしたが、ジンクスどおり男性参加者があった。14th 夫とあちこち買い物に出かける。電器店も安売りの酒屋さんもスタンドも、いつもの休日よりうんとお客が多い。電器店で新型の複合プリンターを覗き込んでいたら、売り出しのはっぴを着て隈取のような化粧をした、若い女性が笑顔で寄ってきた。「このFAX機能の表示は、パソコンを立ち上げなくてもFAXの送受信ができるって事なん?」と聞くと、彼女は言葉に詰まって別の人に聞きに行ってしまった。夫は「2時間くらい講習を受けたキャンペンガールに説明できるわけないやろ」と、聞こえるか聞こえないかの声で言った(^^ゞ 彼女は戻ってきて「はい、そうです、できます」と言ったが、それ以上機能について尋ねる気は起こらなかった。
15th 最近ご飯が美味しく炊けない。電気釜は30年使ったご老体だ。娘が大学時代に使っていた電気釜を使おうと思い、出してきて蓋を開けて絶句した!干からびたご飯粒がびっしりと入っていた。娘がアパートを引き払って帰ってきたのは去年の3月末だ。その少し前から、ご飯を炊かずに外食やコンビニ弁当になっていた。釜の蓋には油汚れが付いている。分解して洗いようやくご飯が炊ける状態になった。3.5合炊きの小さな釜は台所にちんまり納まった(*^^)v 一方古い1升炊きの大きな電気釜は、苦楽を共にした同志のように思えて、捨てるとなると身を切られる気分だ。
16th 朝から、パソコン・電話・台所・トイレの4ヶ所をクルクル行ったり来たりしただけで、日が暮れてしまった。夕方から出かけようとする娘に買い物と郵便の投函を頼み、冷凍ご飯を片付けるため、いなり寿司を作り始めた。油揚げに寿司飯を詰めている最中に、夫から電話がかかってきた。手を洗剤できれいに洗っている間に切れたのでかけ直した。「『ミルフィーユ』って何やぁ?今、羽田なんやけど2時間待ちや。閑や〜」の声に半分切れた。「買って来れば!こっちは閑じゃない!」と早口で言って電話を切った。
17th 7回目の日本語講座。グループで1つの授業を組み立て、別のグループと互いに先生役と学習者役をやった。テーマは1回目の授業。私達のグループは『好き・好き・大好き』を中心に4人で分担した。私は「どのタイプ(男性)が好き?」を担当し6人の男性有名人の写真を用意していった。ダルビッシュ投手やイ・ビョンホンのイケメンや、旬のオバマさんの中に小松市長の写真を紛れ込ませた。誰も選ばないのは予想がついたが、小松市民でも知らない人がいてびっくりした。どのグループも色々工夫をこらした準備がしてあり、楽しかった。全体の講評で、「自分の話し方の癖に気づく」「説明しすぎない」事を指摘され、なるほどと思った。
18th 根上タントの『Chit! Chat!』という集まりに出かけてみた。私と同じ年代の方で、半年ハワイへ語学留学し10月に帰国したというTさんの話はとても興味深かった。彼女は話の終わりに、これからの不安と迷いを言ったが、もう若いとはいえない年代の私達が抱える共通の思いではないだろうか。午後は、Kさんと『きらめき』のレイアウトの詰めをやる。これで年明けの負担が軽くなった(*^^)v
19th 夕食後、夫はテレビの洋画を見ていて、CM中にチャンネルを変えた。そこでは娘の見たいドラマをやっていた。それから二人は、お互いに相手の番組を録画するか、パソコンで見ればいいと言い張って譲らない。二人とも寝転んでテレビを見てるだけで、てこでも動こうとしない。そして二つのチャンネルを頻繁にchangeし、一応二つの番組は無事終了した。私はどっちの番組にも興味が無く新聞を読んでいた。オバマさんの言う”change”って、まさかこういう意味じゃないよね、と思いながら。
20th 友の会の会計さんから、謝礼金の処理についての相談があった。こういう問題って微妙である。イベントによって、謝礼が出るか出ないか、いくら出るかなど、相手の都合次第なので、端から当てにしない方が気が楽だ。で、役員会と同じく交通費の一部をもらう形にし、残金は友の会でストックし、謝礼の出ない他の研修などに参加しても、交通費が補填されるよう要望した。そして気づいた。昨日の留守録を全部聞いていなかった事を。棚を置くのに電話機の電源を切ってしまい、電話機のランプが正常に点灯していなかった。留守録が残っているのを見落としていた。充電機能がついてたらいいのに!
21st 100円ショップで耳かきを買い忘れ、化粧品売り場で、台湾製の煤竹を日本で加工した高級品『匠の技』2本入り¥525を買ってきた。使い心地が全然違う!夫も娘も違いを実感し、耳かきをした後、みんなで「やっぱり高い物は良い物だ」と言い合った(^^ゞ 最近ちょっとした物は100円ショップの物で間に合わせているが、日本の匠に生き延びてもらうために、たまにはこんな買い物もいいかな。
NHKスペシャル「医療再建 医師の偏在 どう解決するか」にリウマチ友の会会長が患者代表の一人として出演していた。リウマチ科標榜の問題、リウマチ医の金沢地区偏在など身近な事例を思い起こしながら見ていた。22nd 加賀地区リウマチ講演会のお知らせを載せてもらおうと、3市の広報課へメールを出した。旧アドレスに出してしまったり、書類を添付し忘れたりして、3回で済む送信を5回しなければならなかった。夏の能登地区のときは、もっと送信先が多いのに、曜日を間違えて書いたり、広報紙の名前を間違えて隣の町の広報紙名を書いてしまったりと、チョンボの連続だった。郵便で送っていた昔には、町役場の数が多く、名簿から書き写すとき一段間違えて住所を書き、郵便局から問い合わせを受けたりもした(^^ゞ 手段が変わっても相変わらず懲りずに失敗してる…(^^ゞ
23rd パソコン作業をしていると、ものすごく足が冷える。リウマチで足先の手術をした先輩が、手術後足先が以前に増して冷えるようになったと言っていたのが、身に沁みて分かる。かといって湯たんぽを入れて、足元が温まりすぎると眠くなってきて作業が捗らない。ソックスの上に毛糸の靴下カバーを重ね履きし、巻きスカートになるひざ掛けをし、そのポケットにホッカイロを入れてやっと折り合いがついた。外に出かけるとき、やっと快適にした装備を脱いで、着替えるのがまたおっくうだ(^^ゞ24th 8回目の日本語講座。模擬授業。私は「〜してもいいですか?」という文型を使ってゴミの出し方を尋ねるパートを受け持った。ところがその前に、文型自体の意味を言葉で説明するのが難しいと、いまさら分かった(^^ゞ 今回で今井講師の講座が終わるが、彼が力説した事は、言葉を教える事は単なる言葉だけでなく、学習者の立場や状況の変化まで考え、言葉の持つ背景も踏まえ、適切なやり方で教える事だ。聞きながら、想像力・創造力の最近の衰えを感じていた(^^ゞ
25th フェスタの打ち合わせ。今夜は広報紙用の撮影があるので、早くから出かける用意をしていた。娘も早く帰宅したので、納屋へ行った。納屋の戸が外れて開かなくなった。やっと直してルシーダを出し、閉めようとしたらまた外れて閉まらなくなった(^^ゞ 風が強くて開け放して出かけるのはヤバイ!おまけにこのご時勢では物騒である。どうしよう?案の定、遅いのを心配する電話がかかってきた(^^ゞ そこへ夫が帰ってきた!夫の車に乗りやっと出かけた。疲れた(^^ゞ
26th 今日から夫は休みに入った。この日を待って年賀状を書いた。家の分と夫の会社の分を仕上げて、さて自分の分を…と思ったら、今年正月にもらった年賀状が無い!他の家族宛の物はあるのに…そうだ、入院していたから病院に持って来てもらって、退院の時他の荷物と一緒に持って帰った…はずなのだが…仕方なくパソコンの中の2年前の住所録を引っぱり出して書き始めた。そして途中で年賀葉書が足りなくなった(^^ゞ27th 夫は、何だかここひと月ほど風邪のような症状が続いていると言い、病院へ行ってきた。帰ってくるなり、「こりゃ一体何なんや!こんなに薬飲んだら病気になりそうや」と憤慨しながら薬をテーブルに並べだした。鎮痛消炎剤・胃薬・抗生剤・ビタミン剤・去痰剤・咳止め・うがい薬・ステロイドの塗り薬…医師は夫の訴えた症状一つ一つにまじめに対応して処方したので、この数になったらしい。夫は自分で取捨選択して、飲みたくない薬は薬箱に仕舞ってしまった(^^ゞ
28th 天気の良い所へ行こう!と夫と岐阜へドライブした。輪中生活館→大垣城→墨俣城→金華山とたどった。大垣市街が、予想より静かでシャッターの下りている店が多かった。金華山から高速のインターへ向かう途中迷ってしまい、歩道を歩いていた女性に道を尋ねた。彼女は自分は知らないからと言い、向こうの歩道に立っていた人を大声で呼んだ。彼はわざわざ横断歩道を渡ってこちら側に来て、説明してくれた。さっきの女性は、男性が説明し終わるまで付き合ってくれた。その後男性は、うちの車が石川ナンバーなのに気づいて「石川のどこから来たの?」とか話し始めて、彼の奥さんが能登の門前の出身だとかいう話になって…道を尋ねただけなのに何やかやと話が弾んだ。夫曰く、「この次から知ってる道でも道を尋ねながらドライブする事にしよっか?」
29th この時期になって訃報を2件も受けた。
まだ年越しの買い物をしていないので、夫に付いて来てもらった。が、いつもより人出の多い店に入るなり、夫はもう人に酔ってしまったと言う(^^ゞ お店が元旦から初売りするので、極最小限の買い物だけにしておく。夫が抹茶味のポンデリングを食べたいと言い張り、ミスタードーナツに寄った。人形劇で一緒だったOさんがお店にいた。彼女はあの頃からここで働いているから、もう長いなぁと感心した。でも抹茶味のポンデリングは夏の季節商品で、今はやってないとの事だった(^^ゞ
30th 娘も今日なら休みなので、年始の代わりに年末に夫の実家へ行く事にした。お昼に外食しようとネットで色々調べて印刷までしたのに、ごっそり忘れて出かけてしまった(^^ゞ とりあえず駅前のミナ・クルビルへ行った。色々出かける機会が多い義母も、ここへははじめて来たと言った。何と『駐車料金が3時間まで無料』という設定にびっくりした。せわしない私達には、3時間以上居ろと言う方が無理かもしれない。義父が子供達にお年玉をくれた。もう働いてお給料もらってるんだからと言ったが、義父には『孫はお年玉』が決まりらしい(*^_^*) 義兄の家へ寄ると、パソコンの中の行方不明の住所録を探してと言われた(^^ゞ 夫と二人で言い合いしながら検索をかけて探したが、出てこなかった(^^ゞ 息子が夜帰省した。31st 去年は私が入院していたし、娘は深夜勤務だったし、息子は修論の追い込みで帰省しなかったし…家族5人が揃う大晦日は2年振りだ。メインディッシュは、息子が尾鷲で釣って来たイガミという鯛のシャブシャブをした。見た目はグロテスクだけれど、身が白身なのに歯ごたえがあり、しっかり味がある!大きな鱗は唐揚げにするとポテトチップスみたいだ。小さいのは焼いた。地元ではお正月用の魚らしい。使い残した餌のホンダワラを小分けにして冷凍庫に保存していた息子だが、案の定ごっそり忘れて行ってしまった(^^ゞ 夕飯を食べ過ぎて、年越しそばが入らなくなり、代わりに娘がスキーのお土産で買ってきたチーズケーキを食べた。年越しチーズケーキ…別に意味が無いけど、ま、いいか。年が明けて村社へ初詣に行った。夕方、『先着30名に破魔矢を差し上げます』と有線放送がかかっていたので、賑わっているかなと思ったのに、例年とそう変わり無かった。破魔矢もちゃんともらえた(*^_^*)