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病院通いの道程の
小さなたのしみ。
時々出逢える。
おしりフリフリ歩いている。
☆ ☆ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 ★ ★ ★ 1st 母はやっぱり入れ歯を直したいと言う。それで、じっくりと話し合おうとしていると、看護師長さんが新しい看護師を連れて挨拶に来た。で、看護師長さんにも話を聞いてもらって、アドバイスを求めた結果、やっと母も納得して諦めた。その後、母に抗癌剤というものがどういうものかということ、何故髪の毛が抜けるかについて、細胞の話をたとえ話を使って説明した。「抗癌剤をすればするほど癌が治る…そのために熱があっても抗癌剤をしたい…熱があったらしてもらえないから3gの水を飲んででも熱を下げなければ…」という母の思いこみからくる無理な行動を、何とかしたかった。通じたかどうかは分からない。
2nd 朝6時半に母からの電話が鳴った。何事か?と緊張して出ると、昨日の夕方、主治医から「今週は抗癌剤をしないから、4日ほど病院の外に出てほしい」と言われ、昨晩はよく眠れなかったと電話してきた。母の話だけなので全面的に信じる事ができない。月曜にSWと話したばかりなので、SWに電話して母の言葉をそのまま伝え、主治医が本当にそういう方針なのか確認してほしいと頼んだ。
文字絵という活動をしているNさんの個展を、郵便局へ見に行く。文字が躍ったり歌ったり、とても活き活きして見える。芳名帳に書き込もうとすると、親戚の人の名前があった。達筆な署名の横に、しょぼい字を書いてきた。だいたい私の固定した手首でこの立ち位置で書けと言うのが無理なんだけど、こんな時、ヘタでもいいから味のある字が書けるといいのだが…。3rd 石川県医師会館へメディバタ会議(メディカル+井戸端会議)に行く。リウマチ患者として、後期高齢者の癌患者の家族として、色々お話してくる。他の出席者の体験談もそれぞれとても興味深く、迫力があった。こういうのがnarrative medicineとして、また医療制度への改善に広がればいいなぁと思いつつ聞く。終わり頃に司会者から「医師会ってどんなイメージをお持ちですか?」と聞かれて「圧力団体」とつい口が滑ってしまった。医師会のお歴々のいる席で(^^ゞ 要注意患者のブラックリストに載ってしまったかなと心配になる。権力に盾突くくせに、権力に弱い自分でもある。
4th 母への差し入れに、山中温泉街で温泉卵と、はべんより軟らかいしんじょを買っていく。売店へも一緒に出かけ、日用品やお菓子を買ってくる。冷蔵庫や棚に買ってきたものを並べると、母は満足したような顔をした。でもこれは一時のことで、しばらくすると、またあれがほしい、これが無くなったから買ってきてほしいと電話してくる。私を手足のように、使えるだけ使ってやがると感じる時がある。だんだん母に接するとき、自分の顔が能面のようになってきたと思う。
5th 夫のLAV4を車検に出す。タイミングベルトを交換してオイル漏れを直して…と足し算が増えていって合計約20万円也。なんかエコ減税利用した方が…。でもやっぱり新車を買えないよなぁ。夫は「どうせ今売ってる車にゃほしいのが無い!」と負け惜しみを言った。
木場潟のキャンドルウォークに出かけた。満車の北側駐車場を諦め、西側園地の方へ回って車を停め、歩き出すと夕日が沈み始めて、ロウソクの灯りが目立ち始めた。湖畔の並木の向こうに十五夜の月も出た。木場潟の湖面の漣。いつも夕日と競走するように帰宅して、夕食の準備に追われるこの時間を、ただ歩くだけの贅沢な過ごし方をした。6th 夫と母の病院へ。行きしなの車内で、母に関する愚痴を夫にこぼした。夫は気分が悪くなったと言って、母の病室には顔を覗かせただけで、外にいた。私は愚痴を言って楽になろうと思ったのに、ますます気分が重くなった(^^ゞ 夫は夫で山へハイキングに行けず、ストレスが溜まっている。おまけに叔父には、畑用の稲藁はほんの少しだけ残しといてと言ったはずなのに、気前良く去年より多く残してあり、午後はその始末で終わってしまった(^^ゞ
7th 今日は出かけず「曲水」81号のワープロ編集追い込み。昨日、「福祉のつどい2009金沢」に参加する委員へ、「友の会のコーナーへお立ち寄り頂いた方々と、大いに語り合っていただき、コメントを引き出してメモして送ってもらえませんか?」とメールを送っておいたところ、とても面白いレポが届いた。が、これを載せるとなるとレイアウトが…。これがHPと紙面媒体との大きな違いだ。せっかくのフレッシュネタではあるが、次号に回す事にした。
8th Kさんからパソコンの入力操作の疑問についてのメールがある。あ、そう言えばSさんからも、パソコンを替えたので設定を見てほしいと頼まれていた。Sさんちの前は、母の病院からの帰り、よく前を通る。庭の水播きしている姿を見かけたりするのだが、寄ってる余裕が無い(^^ゞ 〆切優先順位で、どうしても後回しに(^^ゞ 今はとにかく明日の校正会議に間に合わせるために、「曲水」を仕上げなきゃ!チクショー、画像を開きすぎたらフリーズした!完成間近のファイルも破損した(^^ゞ9th 英会話のあと、Hさんと共に金沢へ。リウマチ友の会の校正会議。そのとき、障害者職業訓練講座でお世話になったY先生から電話がある。コマツで障害者枠の求人があるという。以前の私なら飛びつくような話だ。とてもじゃないが、介護まで始まってしまった今じゃ、やれない(^^ゞ クラスメートだったTさんの連絡先を教える。母と母の病院の看護師からも電話がある。明日、病室を変わること、主治医のお話があるとのこと。アパートの人からも電話があり、アパートへも寄る。今日の優先順位は校正会議だったはずだが、思いは八方に散る。
10th 受診日。主治医がMMP-3の右肩下がりのグラフをデスプレイして見せてくれた。「とっときたいような見事なグラフですね」とのコメントに「じゃ、プリントアウトしてもらえませんか?」と頼んだら、話がややこしくなった。パソコンはへそ曲がりで、グラフの代わりに、2年前に転院して以来の分のたくさんの検査データを、どんどんプリントアウトしてくれた。主治医から「このデータ拾って自分でグラフ作って」と渡された。今そんな暇無いってば!薬店の待合室で、Fさん、Kさんに会う。
午後は母の主治医やSWに面談してくる。母の病状は落ち着いている。が、落ち着いている間に、一旦退院しなくちゃならない。母の友人4人が見舞いに来る。「すごく元気になったね」「顔色良いね」の言葉に母は顔をほころばせ、私ってすごいでしょオーラを発している。その後で、私は固い椅子にうずくまり、この先の事を考えていた。11th 曲水のファイルを印刷会社へ送信しながら、宛名シールの作成や、2週後の「語り部活動」の準備に入る。最後のページのファイルを送り終えたのは、もう午後だった。そしてこの後も、誤記がボロボロ出てきたのだが、訂正が間に合わなかった。今回の曲水作成は、集中力に欠けていた。
義母から電話があり、母を見舞いに行きたい足が無いようだ。夜、帰宅した夫と相談してもらい、私達が送迎する事にした。12th おにぎりを車内でかじりながら、夫の実家へ向かった。休日の朝で空いていたのと、夫がアクセルを踏みっぱなしの事もあるが、たった1時間半で着いた。子供らが小さかった頃は2時間半余りかかった。クーラーの無い車内で、むずかる子供らをあやしながらの道のりは遠かったものだ。義父は92歳、義母は84歳だが、車高の高いルシーダの後部座席に軽々と乗るほど身体能力が衰えていない。山側環状から山中温泉医療センターへ向かう。母は義父母達の元気な姿を、羨望の眼差しで見ていた。義父母達と「こんぱ亭」で釜飯の昼食を食べ、また真っ直ぐ夫の実家へ向かった。帰路の海浜道路で、前方左車線を救急車が走っていた。窓を閉め切ってラジオを鳴らしていたので、サイレンが聞こえなかった。夫は「遅いな〜」とイラついて、追い越し車線で併走し追い越そうとした。「ちょっと、救急車だよ!ダメ〜!」と言いながら、私は助手席の窓を開けた。サイレンが鳴っていた。夫は慌てて車を救急車の後ろに引っ込めた。あぶない、危ない(^^ゞ
13th 昨日義母が車に傘を忘れていったので、送りついでに好物の加賀梨一箱を送る事にした。梨の一列を取り出して、傘と家で取れたゴーヤやミニ南瓜を詰めた。取り出した梨は、味見と称して家で食べた。秋の味がする!夫はゴーヤが嫌いだから、「こんな物入れても喜ぶかな?」と乗り気でない。でも、昨日義母はゴーヤを食べた事が無いと言ってたので、話のネタでもいいから入れてみようと2本入れた。翌日梨が着いたと電話をもらったが、ゴーヤの話はその後も無いから、どうやったのかな?
14th きらめき編集会議2回目。5人のうち3人出席。仕事を探していたNさんが就職したので、今後昼間の会議ができなくなる。Tさんが前回に続き、会議の日程を忘れていた(^^ゞ 面倒でも次回は前日にメールで連絡しなきゃ。
夫が久し振りでチブリ山へ出かけた。ご機嫌で帰宅し、「すんごいお土産がある!」と言ってキノコの入った袋を差し出した。忙しいので、流しに置いたままにしていたら、ネットでキノコを調べていた夫が、慌てて飛んできた。「さっきのキノコは猛毒の『ツキヨタケ』だ〜!」 お〜危ない、危ない!もう少しで食べるとこだった。先日Hさんから石川きのこ会なるものがあることを聞いた。ねぇ、新聞沙汰になる前に入ろうよ。15th おととい、今日とKさんから来た、過激な老いについてのメールが発火点になって色々思いが広がった。先日から、「母が重くてたまらない」(信田さよ子 著)や「しがみつかない生き方」(香山リカ 著)みたいな本ばかり読んでいる。そして午後、母の病院へ行く。リハビリしている母を横で見る。2ヶ月前とは雲泥の差で、元気になっている。そして医師や看護師から退院を勧められたので、皆に「家に帰れる」と言っているようだ。病室で母に確認すると、母は偉そうに「大丈夫や、家帰れる、何でもできる」と言った。母がアパートに帰って困るとすぐに電話で呼び出す相手は誰なのか考えてるのかと詰め寄った。「頼むから気安く家に帰ると言わないでほしい」と念を押した。帰りがけ看護師長に呼び止められ、再度退院を薦められた。私は切れた!私は、母より体重も軽く、母より力も無い。変形があるので、床に落ちたものを拾い上げるのにさえどんなに痛い思いをし、時間をかけている事か。母が家に帰れば共倒れします。私、これ以上ステロイドの服用を増やしたくないんですと訴えた。言いながら涙が出た。「金大のSWがこちらの病院を紹介したのは、療養病床があるからとの事でした」とも言ったが、抗癌剤をするために一般病床と療養病床を行き来する『前例が無いから』と、形で押した返事しかもらえなかった。母は病院という完備された環境にいる事を忘れている。母の自信過剰と、私の劣等意識をたして2で割る方向はないのだろうか?
16th 曲水81号発送。金沢福祉用具情報プラザに着いて、バッグを広げて顔が青ざめた(>_<)…今朝、いつものように出かける準備として、持って行く物をずらりと玄関に並べておいた。印刷した返信葉書150枚を出掛けにバッグに入れようとして、下駄箱の上の回覧板に気付いた。下駄箱に葉書を乗せ、回覧板を取り上げ中身を読み、そのまま近所の家へ回しに行き、戻ると荷物を抱えて外に出し、戸締りした。…即、高速で家まで取りに帰った。葉書はおとなしく下駄箱の上に鎮座していた(^^ゞ トイレから支部長に電話した。支部長は、事故かスピード違反で捕まったかとギョッとして電話に出た。「今、家の便所で〜す。すんません、1時までには戻りますから…」 その間、Kさんが段取りよく他の作業の指示をやってくれ、郵便局員が取りに来る時間にはらくらく間に合った(*^^)v
17th こちらで仕事を探していた姪だが見つからず、京都に就職先が決まった。しばらく納屋で預かっていた荷物は、運ばれたままの状態で、また引越し先へ運ばれて行った。また小松から若い人が出て行った。高齢者の叔父や叔母と共に、引越しのトラックを見送った。姪が要らないと置いていった食器乾燥機をもらった叔母が、叔父からそんな大きな物、一体流しのどこに置くのかと突っ込まれていた。私もそう思う。食器洗機ならまだしも、乾燥だけじゃ場所ふさぎにしかならないと思うけどね。叔母は食器拭きをしなくて良くなるからと、頑として抱えて持って帰った。私はカビの生えたカラーボックスをもらった。納屋のガラクタ整理に丁度いいから。
18th 母は4クール2回目の抗癌剤を終えていた。母がしんみり言った。「先生がこの間撮ったCTに甲状腺と肺にも影があるんやて言いに来た。癌は治るんやろうか」…私はため息が出た。やっぱり母は最初の病院や金大で言われた事を、理解していなかった。多数の遠隔転移があることを聞く機会は何度もあった。そんな2ヶ所くらいの話じゃないのに。「それは最初から言われていた事で、今更出てきたものでないよ」と言ったが、母は怪訝な顔をしていた。ベッドサイドでSWと今後の事について話し合う。先日母に釘を刺しておいたので、さすがに「家に帰れる」とは言わなかった。介護保険申請に必要な医師の意見書をやっともらう。母が入れそうな施設を紹介してもらう。帰路運転しながら気付いた。連休の間に夫や娘も一緒に下見に行こう。その為には今日の内に施設に連絡を入れなくちゃ。車を脇に止め、夕日を見ながら電話する。携帯ってありがたい!
19th ベーチェット友の会石川県支部35周年記念大会。石ヶ坪良明先生(横浜市立大学大学院)の講演があるとのことで、ベーチェット会支部長の米田さんから、是非にと何度も誘われていたので、支部の委員数人が出かけた。レミケードについてもっと詳しい話を期待していたのだが…。後で、その次の講演も聴いた人からの報告によると「2つ目の講演ではリウマチの話が沢山出てきましたよ。例えば、今年7月にレミケードの増量や投与期間短縮が承認されたなど…」とのこと。ありゃ〜(^^ゞ
20th NHKの「天地人」が始まって以来、ずっと行きたかった八海山、やっと行くことができた。景勝や兼続が坂戸城を見下ろすシーンの撮影と同じ場所に立った夫を撮影した。もちろん全然雰囲気違うけど(^^ゞ 八峰はガスがかかって全貌は無理で残念だったが、実った田んぼが黄金色に輝いて見えた。雲洞庵にも寄る。森閑とした山寺の予想を裏切って、丁度いいくらい賑わっていた。萩やフジバカマ、杉木立の間から射す秋の陽射しはやさしい。「わしはこんな所には来とうはなかったのじゃ」どころじゃなく、「わしはこんな所こそ来たかったのじゃ」の心境。各地の渋滞の交通情報を尻目に全行程、スムーズに移動できた。太平洋側へ行かず、日本海沿いに北上したのが正解だった。天邪鬼の性格もたまには役に立つ(*^^)v
21st 母を受け入れてくれそうな所へ、夫と娘と共に下見に出かける。マネージャー2人が、まず建物内を案内。一角に訪問看護ステーションがあった。偶然娘の勤務する病院のグループ会社だった。ぐるりと中庭を囲み、周囲も道路に囲まれているので、居室は明るく風通しが良い。地名から田舎を想像していたのだが、近所にスーパーやコンビニもあり便利そうだ。その後、料金体系など聞く。とにかく介護サービスにおいては介護保険の介護度が鍵になる。夫ははじめて介護保険の仕組みを理解したようだ。その足で母のもとへ行った。夫が母に根気良く何度も繰り返して説明した。誰か(看護師や私)の助けを借りてやっていることを、全部自分1人でできますなんて嘘を言ってはいけないと。娘も補足して言った。3人いると、1人が強く言ってもそれを別の者がフォローできる。別の者が、母に分る言い方を考える余裕もできる。強調したい事は、3人が1回ずつ言えば良い。介護は一人で頑張らない。介護は色んな人との出会いのきっかけだと思い、家族と共に、最後まで投げ出さずにやり遂げようと仕切り直した日だった(*^_^*)
22nd 朝食後、休みの娘に髪を洗ってもらった。その後ゆっくりぬるめのお風呂に入った。深呼吸何回もして「極楽〜♪」 ヨガの森先生も言っておられたけど、毎日あせくらしい事ばかりしてると、ちゃんと息をすること忘れてしまっている。娘は自分の洋服を洗っていた。洗剤と柔軟剤を同時に入れて…(^^ゞ 「それじゃ、あんまりきれいにならんじゃないの」と私は言い、夫は「リンスインシャンプーがあるから、それも有や」と言う。夕飯は大きめのサンマの塩焼き・シジミの味噌汁(吸い口はおすそ分けでもらったお山の茗荷)・娘の作った特製サラダwith炒った松の実と自家製バジルのドレッシング・夫の自家製なすびの漬物。こんな何も無いけど穏やかな日が、一番幸せに思う。
23rd 今日午後にかかってきた電話は、ここ数ヶ月なんとか自分を励ましてきたのに、また冷水を浴びせられるものだった。人が信じられない。寝つきの良さが自慢だったが、眠れなくなった。24th 昨日の電話以来、何も手につかなくなり、もう少しだったパワーポイントのプレゼンファイルが仕上がらず、早起きして仕上げた。友の会の委員4人で、金大の看護学科の学生達にリウマチの語り部活動をした。私のプレゼンとしては、昨年の反省から、まんべんなくデータを紹介するのでなく、強調すべきところを重点に話して来た。「リウマチの親戚の人にどう対応していいかわからない」という学生がいた。終了後、附属病院の食堂で昼食を取ることにした。この間まで通い慣れた病院、なんだか懐かしい。ついでに売店で母のリハビリ用靴を買って帰った。
25th 病院への道は、ひまわりから彼岸花に慰められる道になった。母は4日前にトイレで転んだそうで、元気が無い。母に、今わが家に起こっている問題を話す。母は遠い目をして聞いていた。母と話す事で、何かしら解決の糸口が見つからないものかと思った。聞いてくれる相手がいる事に感謝しよう。多くを求めても失望ばかりが積み重なる。
26th レディースネットワークの主催で市のリサイクルセンターを見学する。来月25日に辰巳啄朗を招いてフェアをする予定だとかで、きれいにした家具が並べてあった。ダイニングチェアやキャンプ用の椅子、棚など、新品と見間違えるくらいだ。これが一番参加者の興味を引いた。中には、自宅の家具がそれらより古びて汚い事がわかったから、これで捨てる踏ん切りがついたと言う人もいた。ゴミの分別や出し方など、細かいところで間違えていた。自治体ごとにゴミ処理場を建設しているが、中には燃やすゴミが足りないところもあるとか…笑えない話だ(^^ゞ
午後は夫と「金トク出前コンサート」にでかけた。2階席の奥から2列目で、パフォーマンスから遠かった。最後のリクエストで、一番奥の人が手を揚げたので、ゲストの冠二郎がそばまでやってきた。夫はすかさず手を伸ばして握手していた。夫がミーハーやったのだと、今初めて知った(^^ゞ 生放送ではないので、「いのちの対話」の緊張感とは比べ物にならないくらいお気楽(^^ゞ 内多アナウンサーも昨日の伊勢湾台風関係の生放送で疲れていたのか、香西かおりの方が仕切っている感があった。27th 「たかじんのそこまで言って委員会」を見ていたら、『社会学的に150歳』というのもあり得るという面白い話をやっていた。今年100歳以上の人口が4万人以上と発表されたが、確認されてるのは2万人余とか…そういうのがまかり通るのは、地域のつながりが希薄になったからと思う。そこへ近所の人が母のシルバークラブの下半期の会費を集めに来た。行事には出られないけど、会費を払った。会費を払う事で母と社会の繋がりを残しておきたい。
山から帰ってきた夫は、性懲りも無くキノコを持って帰った。ハリタケに間違いない!と言ったが、私は手を出さなかった。体調がイマイチのこの時に、胡散臭い物は口にしたくない。夫は自分で料理して1人で食べていた。翌朝、一緒に行った人へ、食べても大丈夫だったとメールをしていた。自分の体で、人体実験するのは止めてほしい。神農さんじゃあるまいに。28th 午後の「きらめき」の取材に備えて、連絡したり資料を作成したりしていると、男女課課長から電話がある。市長選で今年度は職員の異動が10月に延期されていた。で、課長が替わるとのこと。「これから課長を使い倒して内容濃い紙面作りをと思うとったに!」と思わず本音が出る(^^ゞ 新課長は女性だそうで、また新しい視点をもらおう。午後、取材に出かける。やはり狭い小松である。編集員の知り合いがいる。ここは保育室が併設された、子育て中の女性に身近な職場として紹介したい。質問事項を書いた用紙は持参したが、4人のメンバーが面談して聞き取る形をとった。来月はDV(ドメスティック バイオレンス)関係の取材予定。
29th 母の従姉が、母をお見舞いしてくれた。二人とも80歳を過ぎていて、山中温泉医療センターまで、汽車やバスを乗り継いでは行けない。どうやって行こうか?で、良い方法が見つかった。街中の自営の果物屋さんからメロンを買うから、おやじさんに車で山中まで連れて行ってもらう交渉が成立した。二人は全く同じメロンをそれぞれ買い、母を見舞ってくれた。後日、私は二つのメロンを家に持って帰り、食べごろを見計らって切り分け、また母の所へもって行くという作業を繰り返した。そういう交渉を成立させた老人パワーに感心したが、何で同じメロンを選ぶかな。メロンは入院中は食べにくい。ブドウやみかんなどと組み合わせてくれてもいいのに。まぁ、もらって文句を言うのもなんだけど(^^ゞ
30th 朝、母の受け持ち看護師から電話があった。何だかすごい上から目線。師長やSWに詳しく説明した事が全然伝わっていない。まるで私が母の今後策を何もせずに手をこまねいているような言い方だ。午後から再度電話をすると言ったので、待っていたが無かった。翌日は丁重な口調で、電話をしなかった事などの言い訳みたいな電話があった。やれやれ、これからもこういうコミュニケーショントラブルが続くんだろうな…。