Insights(日々あれこれ)
ぽつり、ぽつり、ひとしずくのひとりごと。
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サンゴシドウ
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 1st 先日父方のいとこ達の事を思い出していたが、夜遅く父の実家から、父の長姉の従兄Iさんが亡くなったとの連絡をもらった。病気だったらしいが、もう代替わりしたから親戚づきあいを止めにすると本家に言い、亡くなってはじめて連絡が来たのだそうだ。母の精進あげの時もIさんを招いたが来なかった。記念品と果物BOXを家まで持っていくと、「もう、うちらまで声かけんでいいから…」と眼前で手を振った。その仕草は、息を呑むほど亡父にそっくりだった。「じゃ、これで仕舞にしますから」と持って行った品を奥さんに渡して帰った。母の香典帳を調べて明日持っていく香典袋を用意した。仕舞香典になるだろう。
2nd 孔子学院。先週、李老師が学会で休講だったので補講。書取りや音読など、久しぶりに眠っていた機能を使った。日頃「口だけは達者」と自虐的に公言していたが、音読ではその口が良く回らない(^^ゞ前回提出したレポートも直して返された。「蘇州」を簡体字を使わずに書いていた。現地にいるときは車のナンバープレートで嫌というほどよく見た文字なのに、レポートの時は思い出せなかった。自習しないと落ちこぼれそう(^^ゞ 前の座席の人が「焦らず、自分のペースでやりましょうよ」と言ったが、その実彼は大学の単位を落とした夢をいまだに見るそうだ(^^ゞ
3rd 朝、夫と畑へ行く。少し早いが菖蒲をとった。帰りに娘のアパートにも置いて帰ろうとすると、夫が大反対した。日曜の早朝に行ってはマズイと。まぁ、寄ってみた。娘がパジャマでドアを開けた。婿はイベントがあり、もう出勤していた。夫は婿の仕事も大変なんだと今更納得した。
富山大学までの道すじの下見をしたくてドライブに出かけた。氷見あいやまガーデンへも行く。受付には3分咲きの表示だったが、薔薇が見頃で、天国なんて行かなくてもここで充分幸せ〜と思える空間だった。記念に「つるピース」の苗を買う。玄関に薔薇の垣を作ろう!バイキングの昼食後、売店で珍しいアイスクリームを買った。夫の実家へ寄ろうとなった。お腹いっぱい食べた直後に、急な山道を急いだので、夫の実家に着いた時は、車酔い状態だった(^^ゞ4th ヘルスケア関連団体ネットワーキングの北陸学習会のレポートを提出する。おとといKさんから電話があって、色々相談して、2日目の北村聖先生の講演会のみ参加させてもらう事にした。レポートも先月28日が〆切なのだが延期してもらった。なので今日中には出すぞ!と久しぶりに鉛筆を握って文章を書こうとしたが、1行も書けない。その内、あ、洗濯物を干して無かった、とか、柿の葉茶にするお茶の葉を先に洗って水切りしておこうか…とか、レポートが先延ばしになりそうな事象ばかりが頭に浮かんでくる(^^ゞパソコンで文章作ってから書き込もうとパソコンに向かった。10分で出来た!どうしよう?パソコンが無いと文章が書けなくなってしまった。重症!
5th 図書館と市の読書連絡協議会のバスツァー。金沢みらい図書館→さくら亭(昼食)→玉泉園→鈴木大拙館。Kさんがお世話していたので色々便宜を図ってくれた。特に昼食は、椅子テーブル席を頼んでおいた。昼食時、お店に案内された時、お座敷でないと知ってほっとしている参加者が大勢いた。入館料の面でも障害割引があるか事前に聞いておいてもらえた。バスで隣合わせた人は、読書会の世話人だった。私は読書は独りになるための貴重な時間なので、そもそも読書会に入ってる人の気持ちがわからない。読書会について尋ねてみたが、つい「性に合わないな」と言ってしまい、以後の会話が続かなかった(^^ゞ
6th 今月のおしゃべり会のお世話が出来ないので、準備の品や手順を書いた資料など、Yさんの家へ届けて頼む。おしゃべり会は申し込み不用。とにかく原則偶数月の第2土曜の午後は続けようと7年前から始めた。私のリウマチ歴の中でも、変形や痛みがMAXの時期だった。参加者が一人でも続けようと思った。でも私だけの努力では続けて来られなかった。こんな風に代打を引き受けてくれる人がいなければ。もし申し込みを受け付けていたらどうだろう?ああ、今月は参加者が少ないから、止めちゃおうかなと思うかもしれない。誰が来るか、何人来るか、どんな話題になるかわからないスリル。もし中止にして参加者に無駄足を踏ませては罪だの意識が、おしゃべり会を続けさせている。
7th 公的書類の問合せや返信ハガキの郵送など、色々ペーパーワークがあるが、旅行が終わってからにと先延ばしして美容院へシャンプーに行く。夫は明日まで出張なので、すれ違い。週末にやってほしいことをメモしたり、連絡ごとをメールしておく。が、冷蔵庫をどこまで整理しておくべきかが問題だ。空っぽでは明日帰宅した夫がさびしいだろうし、何か作り置きしても、この時期危ないし…。ご飯は炊かずに、お弁当を買って来て、一人の夕食を済ます。生ゴミだけは捨てておかないとと、畑のコンポストまで行く。結局荷造りを始めたのは夕食後になってしまった。旅行先の下調べをする時間などやっぱりなかった。
8th 小松空港→羽田空港→宮崎空港→堀切峠→青島→シーガイアリゾート(泊) 81名の大きな団体でその内10名がお世話役の社員。旅行社の添乗員も3人付く。健康な人達との団体旅行には夫婦で参加してきたが、夫が仕事なので参加できなかった。私は独りで参加する冒険をやる事にした。椅子つきのスワニーや孫の手など自助具もしっかり準備した。足元は3日間ズックで通す事にした。が、とにかく歩いた。田舎の空便は、羽田では隅っこに追いやられている。泊まったホテルの広大さには、豪華を通り越して呆れてしまった。お風呂までの遠い事。食事会場までの遠い事。せっかく温泉に入ったのだが、歩いて汗がでたので部屋のシャワーを使った。心配していた雨だが、参加者の気迫に押されたのか、宮崎に付いたとたん、上がった。9th 宮崎神宮→酒仙の杜→照葉大吊橋→霧島神社→霧島ロイヤルホテル(泊) どこへ行っても新緑が美しい。酒仙の杜でさんざん試飲した後で、吊橋を渡るコースはどうなんだろう?吊橋はひたすら前の人の背中と足元の鉄板を見て歩いた。立ち止まるともろに体が橋の揺れを感じるので、止まらず歩いた。霧島神社でおみくじを引くと、「暴飲暴食を慎め」とあった。この旅行は、食事が多すぎる。残す罪悪感との闘いだ。夕食はお座敷だったので、高めの座椅子の席をもうけてもらった。そしてBINGOで特別賞(ホテルの支配人賞)を獲ってしまった。焼酎は重いので買わない決意でいたのに上等の焼酎:流鶯(るおう)が当ってしまった。お陰で空港の荷物検査でスワニーは、中身が割れても大丈夫なように袋を被せられた。
10th 城山展望台→仙巖園→日本料理石原荘→鹿児島空港→羽田空港→小松空港 桜島がかなり大きな噴煙を上げた。昼食時、瓶ビールがコップに注がれた後で、茶色の飲み物を入れたピッチャーが出て来た。昨日の昼食でも全く同じ状況があり、中身は地ビールだった。おいしかった。男性達がどよめいた。何でそれを先に出さないのかと。女性がウェイトレスに何かと聞くと「お茶です」と当り前だろうの顔で答えた。参加者からドッと笑い声が起こった。この旅行で、バスの座席が隣だった人などには、自分がリウマチであること、変形があることを話したが、たくさんの人には伝えなかった。頭上に荷物を持ち上げられないのだが、助けてもらえた。夫婦連れでは、近くの旦那さんが気付かなくても、離れた奥さんの方が先に気付いて促してくれたりもあった。旅行が好きな人が多く、旅慣れた人が多かった。荷物の組み立てや小道具も勉強できた。年配の方達は、旅の終わり頃になると「来年は参加できるかしら」と不安になるみたいだ。私はいつも旅は一期一会だ。毎年行われる旅行だが、今年はとりわけ良かったらしい。それに初参加できて幸運だった。
11th 朝から一応家事。洗濯とついでに旅行で汚れたウェストポーチを洗った。で、ここで1回昼寝。玄関と駐車場を掃こうとして、腰を曲げて掃くと、すぐにだるくなったので、長柄の箒を買おうと思った。Amingに掃除が楽しくなる可愛いのがないかと探しに行くと、入り口の折り畳み傘が目に入った。私が以前に買った軽いのは、夫の山用になってしまった。今度は夫がほしがらない様に、絶対夫が差して歩くのが恥ずかしい可愛い花柄のデザインにした。持ち手がJ型なので持ちやすい(*^^)v で、箒はカーマで汎用品を買った。
12th 車から降りると、向かいの叔母から甥の釣って来た鯛をあげると声かけられた。そばの甥が「あんな小さいの、おつゆにしかならんからこの次でかいのあげる」と言ったので、私が「うん、それ頂戴!」と言ったのに、後で夫と叔母が話をつけて、鯛をもらった。夫は充分大きいし、目も生きてるから刺身にすると言い出した。そして「鯛の刺身ってどうするんけ?」…今まで鯛の刺身を食ったことが無いような口ぶりである。「湯引きして氷で締めて…」と言いかけると最後まで聞かずに「わかった、わかった」。人に尋ねるなら最後まで聞けよ〜。
13th 朝いつになく新聞を開いて驚いた。Yさんのご主人が亡くなっていた。とにかく香典袋だけ持って家を出た。Nさんが代表してお通夜に行くと言ってくれた。
KLNの総会と講演会「ぼくらが日本の空を守る」(小松基地 第6航空師団入田さん)。生まれた時から自衛隊があるのがあたり前の街だし、自衛隊で働いている人もたくさん知っているが、イマイチあそこは塀で閉ざされた敷地だ。事件や事故があった時だけ話題になる。が、イケメンの若いパイロットの話で、司会のMさんのおばちゃんトーク炸裂(^^ゞ 話し方が田母神さんに似ていたので、さりげなく質問の時間に振ってみたら、さりげなくかわされた(^^ゞ 一人前のパイロットを養成するのに一人6億円もかかってる事はトリビア!14th 来月の富山大学リウマチ教育入院のための事前診察&手続きに行く。晴れて陽射しが強く、対向車の反射が眩しくて、高速道路は運転しづらい。よい方法を見つけた。大きめのトラックを見つけてその後ろにぴったり付いて走る。前にトラックがいるので、80キロでも、車間を充分とっていても、誰も割り込んで来ない(*^^)v 篠田先生はKさんが言うようにいい先生だった。プラスの言葉のシャワーをくれる。夕方のニュースに驚いた。私が病院内をあちこち回されていたり、食堂でB定食を注文すると、「もう今日の分は済んだからA定食をお持ちしましょ」と言われて、勝手に私の食べる物を決めるなよと意地でザルそばセットを頼んでいる時、院内では国内初の6歳未満の子供の脳死の判定を刻々と待ってた人らがいた事を知る。
15th 明日は時間が無いので今日の内に、あさってのリウマチ友の会の支部総会の準備をしておく。印刷機2台へ交互に指令を出して、さっさとやったつもりが、1台が紙送りに失敗してエラー表示。急がば回れ(^^ゞ うちの印刷機では手に負えない全紙大コピーは事務機屋さんで頼む。小松から車に乗せていく6人に電話確認を入れる。全員電話に出た!かけ直しが要らない!順調に準備はできた。夫の帰りが少し遅かったので、集金にも夕食前に行けた。「今日はほぼタイミングの良い日だった」寝る時、そう言いながらベッドに入れた(*^^)v
16th 孔子学院。一緒に行って授業を見学しよう、帰りに金沢で買い物しよう、と夫の運転で北陸大学へ向かった。ナビ任せで安心しきって助手席に乗っていたら、ラグビーのグラウンドに連れて行かれ、そこでナビは勝手に「終了します!」と黙ってしまった。夫を急き立ててキャンパスへ向かう。夫は見学は止めて車で留守番する事にした。先週欠席したので、書き取りなど必死だった。夫に見学されなくてホッとした。終了後、お店を回り、慌てて帰宅する。義兄夫婦と3時のお茶の約束をしていた。それまでに家を大急ぎで片付ける。セーフ、間に合った!ふらっと娘が来た。夕食はプレ父の日ということで回転寿司へ行く。支払いは私。…そうなるか(^^ゞ
17th 41回リウマチ友の会支部総会。6人乗せて行く。今まで長年助手席にしか座れなかったKさんが、窮屈な最後部座席への乗り降りが出来るようになった!エンブレル効果である。自分の事のように嬉しかった。大会の司会だったが、色々手違いもあり辻褄合わせに忙しい。講演は正直退屈で眠たかった。司会の立場上、前列席で居眠りするわけにはいかない。腿をつねって必死に起きていた。帰りの車中で、この事が話題になった。後ろから鼾が聞こえてきたという人もいた。帰宅すると、娘夫婦が、父の日のプレゼント(私とお揃いの枕カバー)を持って遊びに来ていた。途中で、私の車を追い越してきたと言う。今日はいっぱい追い越されたり幅寄せされたりしたから気付かなかった。夫はお茶の代わりにノンアルコールビールを出していた。
18th オレンシア21回目。先月1を越えていたCRPが0.31になっていた。先月は病み上がりに旅行に行って、長谷寺の石段を登って翌日の筋肉痛真っ最中だった。ちゃんと治まってくる体調に、オレンシア効果を実感する。昨日夫が採ってきてあったえんどう豆の皮をむいて茹で、半分は日に干し、雨降りに気付かず、せっかく半乾きになったのに濡らした(^^ゞ もう半分は茹で汁に浸けたまま冷蔵庫に入れておく。グリーンピースだらけのカレースープを作る。以前は手が痛くて、豆剥きの作業が大嫌いだった。それがバケツ1杯の豆を処理できるようになった。時間はかかったけれども。「ルポ ゴミ屋敷に棲む人々 孤立死を呼ぶ「セルフ・ネグレクト」の実態」(岸恵美子・幻冬舎)を読んでいる。リウマチの痛みが大きかった時、確かに私もセルフ・ネグレクトの入り口にいた。
19th 外回りの工事の相談。台風の影響で土砂降りの中、不動産屋さんと工事のSさんと現地を見ながらの相談。不思議である。2人とも、リウマチの痛みがひどかったにも関わらず、色々な社会活動に首を突っ込んでいた頃、顔を合わせた人らである。当時は将来まさかこんな形で、仕事がらみでまた会う関係になるとは思ってもいなかった。まぁ、小松は狭いから。痛みと変形の進行に悩まされながらも、世間と繋がっていたかった。動き回れない分、パソコンを使ってボランティアで関わってきた。ボラはお金でなく、別の形のprofitをもたらす事は真実だと思う。
20th 梅干 焼鯖 サラダ菜 葱入り卵焼き 夕べ、注意喚起の有線放送があったが、台風4号は、予想より南にそれて去っていった。もし直撃するようなコースだったら、もっと体調が悪く感じられたと思う。が、午後から久しぶりにずっと家にいてパソコン作業三昧だったが、眠くてしょうがない。湿気を含んだ空気が身体を包んで♪眠れ〜♪眠れ〜と、外の雨と共に囁いている。だるい眠さじゃないが、眠ってしまっては〆切が守れない(^^ゞ 誘惑に負けて眠った。翌朝早起きして仕上げる。
21st 夕方、雨が上がっていたので久しぶりに畑へ行った。途中、古い家に寄る。庭がジャングル!ヤブガラシがあちこちに絡まっている。目立つ所だけ鋏を入れてくる。根っこから抜かないとダメなことぐらい分かっているが、とりあえず私のできる範囲の応急処置。ハナミズキの葉がアメシロにやられている(^^ゞ 畑へ行くと、白菜菜やカブの葉が虫に喰われてレース状態。サラダ菜はやられていなかったので採ってきた。何故虫がサラダ菜を喰わなかったか、夕食時になって分かった。苦〜い!土曜に採った物はおいしかったのに、数日で苦味を溜めていた。喰われたくないのか?畑に残されて花を咲かそうとでも思ってるのかい?
22nd リウマチのHさんがお茶を飲みに来た。思いっきり1:1でリウマチの話をした。良く考えると、今まで電話以外で、リウマチの人と対面で1:1で話す機会がほとんど無かったなぁ。なんかスッキリした。相手のHさんもそうであってくれれば良いけど…翌日の中国語講座で、先生が教室の初めに、「昨日の戯劇を何故見に来なかったのですか?用事が有ったのですか?」と言った。とっくに入場券を夫の分と2枚手に入れていたが、私の手帳には一週間違えて記入してあり、夫にも間違った日程を伝えていた(^^ゞ
23rd 夫が朝からうるさい。あれもしなくちゃ、これもしなくちゃと言ってるくせにその段取りがうまく出来なくてグダグダ言ってる。実は私も内心そういう状態なので、鏡を見るようで余計に腹が立つ。書いて整理したらと夫にメモを渡す。夫は『ペンキ』とか『畑』とか、大まかにしか書かない。「そうじゃなくてもっと具体的に、物置のペンキ塗り・ブルーベリーの植え付け・草刈・梅もぎとか書いたら?」と言う。夫は素直に、但しじゃまくさそうに判読不能の文字で書く。『夜はYさんのおばあちゃんのお通夜もあるよ』と付け加えると、その時間にはビールを飲めると踏んでいた夫は、溜息をついた(^^ゞ24th 梅ジュース用の梅がとれた。にごしで洗ってヘタ取を取り、冷凍庫へ。ラッキョも採れた。3年子でおいしそうだが、料理が大変。「手伝おうか」と夫は一応は言う。「できるとこまで自分で頑張ってみる」と答えると、夫はホッとした顔をになってテレビを見だした。私も後ろでテレビを見ながらラッキョのひげ取りする。家じゅうラッキョ臭くなる。そうそうこれが手作りの最大の特徴。ジャムを作れば家じゅうにジャムの妖精が、漬物作れば家じゅうに漬物の酵母が漂いだす。
25th 家の2年点検。点検員は予定時刻より15分早く来た。先に外から回ってもらい、その間に慌てて片付けるが、そんな短時間ではやれる事は知れている。内部の点検になっても台所は水切りしたラッキョやガラスの漬物容器がゴロゴロ。が、その点検員も今年は自分でラッキョを漬ける予定だとかで、漬物談義になってしまった。「子どもの頃、お袋からラッキョのひげ取りの手伝いをさせられましたよ」…私は子供達にそんな手伝いをさせたかなぁ?もっといっぱい手仕事を教えたかったが、体の痛みがそれを妨げた。
26th 梅干 贅沢煮 人参バター煮 卵焼きコンビニのレジで支払いしようとして、ふと隣の棚を見たらおいしそうなお茶があって、手を伸ばして取っている間に次の人がレジに来た。その人に順番を譲ろうとしたら、どうぞお先にの手ぶりをした。会釈をして前に出ると、レジの中にいたもう一人の店員が気付いて、もう一つのレジカウンターを開けて「次のお客さん、どうぞ」と私の後ろに付いた彼を手招きした。…このコンビニがとても好きになった。そこで買ったお茶には、私の苦手な茉梨花茶がブレンドされていたが、とてもおいしく感じた。そういう味は、メーカーがどれだけ努力したって出せるもんじゃない。社会の深い所から積み重なってくる味。
27th 梅干 シャウエッセン 煮物(こんにゃく・牛蒡・人参・芋・シメジ) カルピスゼリー昨日図書館から本の返却督促のメールが来た。しまった!お客さんが来るからと、そこら辺にあった図書館用の袋を一時避難的に片付けて、その上に新聞が乗り、更に毛布が乗せられ、完全に私の目に触れる機会が失われてひと月(^^ゞ 図書館へ行くと何年ぶりかでTさんに会った。宮沢賢治の本を探していた。不動産屋さんへ行くと、先日の打ち合わせで、彼女が車を停めた場所に丁度借りてる人が来た。彼女の知らない人で、不審に思い調べた所、駐車場の又貸しが発覚した。小さなミスから思ってもみない展開がある。だから世の中面白い。
28th 疲労感いっぱい。口の内側を噛んだ跡が沁みる。噛むという事は腫れていたから噛んだのだし、腫れていたのは身体からの警告だし、今日はサボる日に決めた。録画しておいた「恕の人-孔子伝-」を観た。自動追従機能で録画したはずなのに、時々野球の中継番組が入っていた(^^ゞ 孔子が魯国を出て放浪する経緯の全容が、分からなくなってしまった。「論語」は、高校時代の漢文で飽きてしまってもうイイやという気持ちだったが、論語が生まれた時代背景や人間関係がわかってくると、読み返したいという気持ちが湧いてくる。それともう一つ、私は大きな思い違いをしていた。「恕」という漢字が「怒り」に似ているため、何か屈託を抱えて燻っているイメージを持っていたが(だから孔子に対しても)、恕は思いやりとか、もっと深イイ意味だったんだ(^^ゞ
29th ダスキンの人が集金に来て玄関に挿した百合の花をしきりに誉めた。つられて改めてその花を良く見ると、なるほど普通のテッポウ百合とは違う。百合には複雑な思いがある。私の中で、百合はお見舞いの花だ。私も亡父母も、入院の見舞いでもらった。百合は花粉があちこち付くし、匂いもきつくてお見舞いには向かない。うつむいた花の姿も、ベッドの縁に腰かけて黙っていた父母のシルエットに似る。私も中学生の頃の、2年に及ぶ長い入院生活は6月に始まった。6月は百合の花と共に辛い思い出が蘇る。それが何を思ったか、昨秋チューリップの球根を買うとき、1つ百合も混ぜて買った。植えたことも忘れていたのに、裏庭の草むらに1本だけ背筋を伸ばす様に立っていたので、玄関に飾った。見る人が違うと、見方も全然違う。
30th 朝、金沢へ行こうと慌てて車を駐車場から出した時、駐車場の角の有線の引き込み用のポールに右ドアを擦ってしまった。その時は時間が無いので、ポールの塗料を右ドアに付けたまま出かけ、帰宅してから夫に落としてもらった。車が10歳を越えた頃から、走る機能に関係無い外観の傷や凹みを直すのを止めた。ルシーダは満身創痍状態だ。この傷は古い家の石で…この凹みは、柿の木を捨てると決めた翌日、バックで思いっきり柿の木にぶつけた(ぶつかられた:柿の逆襲)所…武者が古傷を撫でるように、傷にも一つ一つエピソードが浮かぶ。
夫は休日出勤日を調整して、今日休み、じゃが芋の堀上をした。午後には、私も口出しして庭仕事をした。随分前におつゆ用のホタテの稚貝を一皿買い、貝殻を洗ってとっておいたのが、やっと役立った。