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2nd 朝食の準備をしていて、カリタのコーヒードリッパーが流し台の右からすべり落ちそうになった。とっさに右足を出した。右足のむこうずねに当って床に落ちた。重い陶器のカリタは私のむこうずねで、落ちる高さと速度を調節できたので、衝撃は小さく無傷だった。が、私のむこうずねは、すいかの種くらいの傷ができ、周辺がみるみる腫れてきた。やばい!すぐにお刺身パックの保冷材をバンダナに包んで足に巻き縛った。ごみ出しの日だ。ゴミをまとめている間に保冷材が足首までずり落ちて、古代の重りをつけて歩かされている奴隷のようになった。あかん!ごみ出しは夫に頼み、安静を決めた。午前中おとなしくしていたら、傷も腫れも治まった。ヤレヤレ。
3rd シエンタに初給油。いつもスタンドでは「軽油、満タン」と言ってきた。。時々そそっかしい店員さんが「レギュラー満タンですね」と復唱するので「軽油!軽油!」と慌てて大声を出す時もあった。が、今回からは『レギュラー』だ。「給油の確認OK。蓋開けて。カード出して…」とブツブツ指差呼称しながらやる。計器の目盛りは満タンになったが、距離メータのリセットの仕方が分からない(^^ゞ 夕方、夫と義兄が飲みに行くのを送って行った。他人を乗せての運転も初めて。さぞや乗り心地悪かったろう(^^ゞ 姉から「今まであんたの車は目立ったから停めとるとすぐ分かったけど、この車じゃわからんね」と言われた。…そう、それでいいんです。
4th 孔子学院前期の最終日。前回休んだので、早めに行って勉強しようと思った。もっと早くに来てる人がいた。その人曰く「前回はあんまり進まなかったよ。今日は簡単な試験があるよ。」…一瞬今日も休めばよかったと思う。試験に「但是(しかし)」という言葉を使って文章を作れという問題が出た。「私は中国語が好きだ。【しかし】試験は好きではない」という文章を書いた。また「干浄(清潔・きれい)」という言葉を書きたかったが、どうしても思い浮かばなかった。試験の終了後入った学校のトイレに「トイレはきれいに使いましょう」と日本語・英語・中国語で貼ってあった。トイレを使うとき、もっと真剣に見ていれば良かった(^^ゞ 試験の終了後、先生が答案を集めようと横に立っているのに全然気付かず、答案の上に伏して爆睡している人がいた。
5th いつもは家電にかかってくる義兄の電話が夫の携帯にかかってきた。「夕方、ちょっと寄って話がしたい。手ぶらで行くし。」私達は一体何だろう?と思って待っていた。その間に叔母が、生母が自宅の玄関で転んで、たった今姉達が病院へ連れて行った所だと告げに来る。そっちは姉夫婦がついてるから後回しにして義兄夫婦を待った。話はアメリカにいる姪の結婚の事だった。夫はアメリカ人で、それも式は今月末だと言う。昨日姪から電話があって、とにかくラスベガスでの式に合わせて飛行機のチケットは予約したが、心の整理ができなくて、話を聞いてほしい。…私達も話を聞いてもよく分からない。夫は「で、おめでとうって言っていいんかな?」と自信無く言う。
6th 命は繋がっていると思う。ご先祖さんや子供と繋がっているのはもちろんだけど、今こうして私の周囲にあるものすべてに繋がっていると思う。くもの巣の、たくさんの糸が繋がれ、網目細かに張り巡らせて、四方八方に繋がって初めて私が安定して存在するようなイメージが頭に浮かぶ。それをなぎ払おうとするものに対して私は怒りと嫌悪と抵抗を隠せない。…以前本で、哲学や宗教は自然条件が厳しく、普通に生活活動できない環境下で生まれる…みたいなのを読んだ事がある。暑くて寝苦しい夜、想像に遊ぶ。1時間で寝入ってしまったが(^^ゞ
7th 溜まったペーパーワークや家の片づけをしようと、リビングに冷房をきかせ、やるべき事のリストを作り、さぁやろう!と立ち上がろうとするが、どうも足に力が入らなくてまた椅子に崩れるように座ってしまった。熱を測ると37.2℃。で、今日はMTXを飲んだ日でもあるので、おとなしくする事にした。昼間は電気料金が高いから、料理はめったに作らない主義だが、昨日採って来たプチトマトがいっぱいあったので、湯剥きしてオクラの輪切りとゼリー寄せにして冷蔵庫に入れておいた。「時間」が夕飯時までに、見た目も涼しげな一品を完成してくれていた。
8th 今朝は涼しかった。「立秋だ」と言わんばかりである。玄関を掃くと色んな死骸が落ちている。アブラゼミ・からからに乾いた蛙・カメムシ・名前は知らないが結構きれいな固い羽のヤツ…掃いて捨てようとしたが、一日待ってみた。食物連鎖の中で、ただゴミになるより、食べられて命に再生されるかも思ったからだ。風で飛んでしまったかもしれないが、セミ以外は翌日には無かった。たとえどこかに飛んでしまっても、そこで土に還れば命に再生される。世の中に無駄は無いと思う朝。英会話。先生はたいてい天候の話をする。英語が「風」を表現するのに微妙に使い分ける言語だと初めて気づいた。まるで肉の部位にこだわるのと同じ位に。9th 昼に娘が来て、お昼を食べて昼寝して車に水を掛けて帰った。買い物の帰りに生母の様子を見に寄った。玄関が開いていて、呼んでも誰も出てこない。上がって入り口の部屋から順番にのぞいて行くが、どこもにも誰もいない。奥の茶室までのぞいたが空っぽ。持ってきた寝巻きを玄関において姉にメールして帰ろうとした。「明日手術になり入院した」と返信が来る。病院に寄る。姉が家を出るとき、戸締りを生父に任せて出たとの事。じゃ、生父はどこに?叔母も空っぽの家に驚いて、さっき病院まで来たとのこと(^^ゞ
夜、隣町と合同での市と業者の「消雪装置設置工事説明会」。色々質問が出る。当事者ならではの質問だ。帰り道近所の人と話す。「有線放送で開始の案内が無かったね。」「あんまりたくさん来られると揉めるから、ほどほどでちゃちゃっと済ませたかったのでは?」10th 生母の手術は予定通り順調に済んだ。ただ、麻酔から半覚醒で病室に戻ってきた時が一番痛がっていた。「こんな痛いくらいなら手術せんのやった」に突っ込む。「もうやったもんは遅いって」…「手を1センチずらしてほしい」しばらくして「5ミリずらして」…何とか痛みを逃す位置がないかと姉に頼む。姉は「どうしたって今は痛いもんは痛い」と言いながらも手を静かに動かしていたが、坐薬を入れてもらう事にした。で、用事があったので2時間ほど外に出て病室に帰ると、見違えるように元気になっていた。耐えられる程度の痛みになったらしく、見舞いの人らとも話せるようになっていた。執刀医が来て説明していく。医師が出て行くと「あの先生のしゃべり方はよう分からん。」と毒突いた。手術のついでにその口も縫ってもらえば良かったにね。
11th 第40回リウマチおしゃべり会。15名参加。忙しくなってだんだんリウマチ友の会のお世話ができなくなってきた。が、何とかしてこのおしゃべり会は、自分が始めた事だし、小松でやっていることもあり続けたいと思う。午前中、仕事の面談があり、昼ごはんを食べそこねて会場へ走るが、参加される方から感銘を受けることが多々あるのが楽しみだ。ほとんどが私より年配だ。親しくなると車を乗り合わせて来られたり、葉書や切手の寄付を頻繁に頂いたり、終了後も自然といつの間にか参加者が協力して片づいてしまう。ゴミもいつも誰かが持ち帰って下さる。帰宅後、会で問われた事に答えるべく資料を探して郵送する。杉村さんの泉北ミニ集会をネットの発信で知り、それを習った。今彼女は施設に入居し、そこからの発信をされている。リウマチの先輩達の背中を仰いでいる。
12th 早朝に出発して夫の実家へ行く。義父には留守番してもらって義母と私達夫婦で墓参りに行く。以前は義父母と子供達と共に墓参りし、お墓の前で記念撮影するのがお盆の恒例だったが、それも昔の話になった。義兄の家に顔を出し、ひととき談笑して辞す。まだ昼前だった。シエンタでの遠乗りテストを兼ねて高山まで足を伸ばす。急に出かけたので、資料も地図も無い。うろ覚えの行きたかった所へは行けず帰ろうとした時、以前も高山に来て食事したレストランが目に入った。また入って遅いランチを食べた。13時過ぎのランチサービスですと、食後のコーヒーにデザートが付いた(*^^)v
13th 夫はお盆休み。天気予報が午後から荒れると言うので、ゴミだしのついでに朝に墓参りを済ませようという事になった。開店前でお花を買えないので、途中の畑のボンバナ(ミソハギ)と私が植えたけど世話しなかったのでいじけている菊を切って行く。もう誰かが来てお参りしてくれた跡があった。昨日慌てて買ってきた墓用の花瓶に挿す。叔父夫婦も朝の涼しいうちにと来ていた。知り合いの何人かにも会って立ち話をしていると、夫から「早くロウソクに火が付いてる間にまいれ〜!」と怒鳴られる(^^ゞ 男ってどうしてこんなにロウソクや線香に火を付けるのを面白がるんだろう?脳梗塞で体の動きがごきちない叔父でさえ、ライターであちこちのロウソクに火をつけてまわっている。夫も叔父も唯一許された火遊びの日に、はしゃいでいるガキだ。
14th 今、大きな決断をしなければならない。夫は相談に乗ってくれるが、あくまで私の責任で判断しろと言い放つ。夫のやる事にイチャモン付けるなら得意であるが、自分が責任者になる事にビビッている。夜中に目が覚めて考え出すと眠れなくなる。眠れないのを幸いに、起き出してノートに問題点を書き出してみる。書いてみると、底なし沼のように大きく不気味に見えた問題点が、見開きのノートのページに収まってしまった。少しは不安が減ったが、亡母は父の亡き後、独りで決断したのだと思うと、今更度胸がすわっていたと思う。
15th お盆のなかびだが、夫は仕事。私も普段どおりの家事や仕事。若い頃はお盆や正月に遊びに行けないで、仕事してるのが、ものすごく損しているようで、楽しんでいる人らを見ると腹立たしくさえなった。が、今は人それぞれの事情があるんだから構わないと思えるようになった。JAへ行ったら「もうお墓参りは済みましたか?」と聞かれた。一瞬墓石のセールスかな?と身構えた。お盆に来たお客さんに、ロウソクと線香のセットの粗品をくれようとしているだけだった(^^ゞ
16th 白山連峰がどす黒くはっきり見える。暑い!こんな時、小さい頃、家族は田んぼの仕事を急いだ。暑くて体がきついはずなのに、いつもの倍くらい働いた。当然みんな機嫌が悪くなる。私は夕方早めに帰って風呂を炊いておけと言われる。焚口は床下の風が来て涼しかったが火を点けると、地獄の窯の前になる。たきつけの木っ端と一回目のバイタを詰め込むと、台所の床に転がって寝てしまった。ハッと気づいたのは、家の外流しで帰宅した家族の足を洗う音だった。火を見るととっくに消えていた。風呂はまだ水だった。祖父は烈火の如く怒った。叱られてあたり前だと芯から思ったことをあの白山で思い出す。
17th オレンシア23回目。前回通院した時、自動販売機の熱いコーヒーの紙コップを、持っても熱過ぎないのに改善してほしいと書いてご意見箱に入れてきた。今日もコーヒー飲んだが、ただの紙コップでなく断熱材合わせのコップになっていた。要望聞いてくれてありがとうとお礼を書いて、またご意見箱に入れてきた。早めに行ったので、看護師さんが、点滴専用シートがまだ空いているから使わない?と誘うが断る。あのシートは嫌いなのです。靴を脱いで座る・体が段々ずり落ちてくる・それを直そうにも私がつかみやすい適当なグリップが無い・本を読む姿勢が悪くなる・ペンとか下に落とすと自分で取れない・点滴の支柱の位置が座っている位置から見えずらい…看護婦さんは、2つ目の理由の途中で、もうわかったという顔をした。
18th 娘が今日は夕飯は一人で、作るのが面倒だから仕事帰りに夕飯を食べに来るという。夫にメールすると、御寿司だとかステーキにしようと言う。無視!娘は普段献立と作り方付きの食材の配達を利用している。そして週末は買い物をして好きな物を食べている。お寿司や短時間でできるお肉料理は定番だろう。時間と野菜と手間のメニューにした。野菜とささみのゼリー寄席・蛸ときゅうりの酢の物・アジのポワレ・ホウレン草のおひたし…が、娘が一番食べていたのは、昨日の残りの鶏モツの佃煮だった。昨日私がものすごくモツを食べたかったように、夏バテ気味なのかな?
19th 娘夫婦の新築の地鎮祭。私達も招かれ、一緒に乗せて行って貰った。婿の弟さんの子供が、片言を話すようになっていてとても可愛い。その子が、娘夫婦を伯父さん・伯母さんでなく名前で呼んでいたので、図に乗って私も目を覗き込んで刷り込むように自分を指して「○ちゃん」と言った。その子は娘の事は抵抗無く「○ちゃん」と呼ぶのに、私には違和感があるのか不思議な顔をしていた。娘達がNAVIとスマホをBluetoothでつないで便利に使っているのを見て、婿にシエンタと携帯を繋いでもらった。さっそく負けず嫌いの夫は、PLADOと携帯を自力で繋いでいた。これまで「Bluetoothって何?」って聞いても「青い歯」としか言わなかったのに(^^ゞ 午後には義兄の所へお茶に行き、夜は仕事の面談。今日もあっという間に過ぎる。
20th 先週末、富山大学へFAXを送っておいた。S先生から朝一に電話がかかってきて、対処下さったのがわかり安心した。
午後、姉が来た。生母の入院中に、今後のことを考えて家族が話し合って決めた事を、退院した生母がみんなオジャンにさせた。そして機嫌が悪く子供みたいで対応に疲れると愚痴になる。姉ははじめて老いる家族と間近に向き合っている。それも2人同時に。私は祖父母と一緒に暮らしていたので、年寄りを間近で観察して育った。子供から大人になる時、幼虫が脱皮する様に思春期という心身共に難しい時期がある。私は、もし虫にも老年期があるなら、老人(老虫)になる前にももう一度脱皮みたいな大きな変態があるのではないかと想像している。21st 25年点検。夫は代休をとって立ち会う。色々な珍しい点検の機械に、機械屋の夫は目を輝かせて覗き込む。私はジリつく陽射しの下で25年前の地鎮祭を思い出す。そして3年前を思い出していた。入院中の母の気分の良い日を狙っては、分からない事を聞いた。病室では手元に資料がないので、判断できない事も多かった。知っていそうな人に相談し、私が判断し、事後承諾になる事も多かった。怒涛の様な日々だった。もしもう一度時計が3年前に戻ったら、私は人生を放り出すかもしれない。人生は一度きりだからやっていける。亡母が抗癌剤で一時期小康を得たのは、私への準備期間だったと思う。
22nd 土曜に、姉と共通の知人Mちゃんの父親のお通夜があった。姉がお通夜に出かける直前に知らせてきたが、夕飯前の忙しい最中だったので、後日に行くと返事しておいた。その後日がなかなか実行に移せない。初七日前には行きたい。今日ようやく実行。夫がプリンスメロンが採れすぎたので、知り合いに配れとバケツに入れてあった。バケツを後部座席に乗せていて、途中でブレーキを踏んだらバケツがひっくり返り、中のプリンスメロンが転がって、丁度運転席の下のくぼみに入り込んだ。Mちゃんの家の前に車を停めて、取り出そうとしたが、取れない(^^ゞ プリンスメロンは私の変形した手をあざ笑う様にくぼみの中を逃げ回る。こんなくぼみの設計にしたメーカーさえうらめしい。車に上半身突っ込んで、お尻を道路に突き出して格闘していたが負けた。丁度Mちゃんが玄関から出て来た。汗だくの私に驚いているのに構わず、香典ともう一つのメロンを渡した後で、「頼みがある」と言って取ってもらう。そしてそれはお向いのOさんちへ持って行った。その頃小松は日本一暑かった(^^ゞ
23rd 朝の家事が一段落した頃、外気も暑くなってきた。今日やる用事をメモしたが、今日は休もうと思った。「頑張り」と「無理」の違いは何だろう?多分、今日メモどおりに動いていたら「無理」になるだろう。夕方5時、外気が30℃を切った。ようやく始動。それでも充分暑かったし汗もかいた。かいた汗が、夕方の風にすぐに乾くのが気持ち良かった。あ、そうか。「頑張り」は気持ち良いけど「無理」は気持ち悪いんだ(*^^)v24th 「相手からの返事待ち」と私の中では処理していた案件3件、それらが奇しくも続けてみんなメールや電話で連絡があった。行方不明になっていたお香立てが出て来た。が、片付けなければならない書類の山が一向に小さくならない。コーヒーを多めに飲んでも頭がぼんやりしたままだ。クーラーの設定28℃では、私の頭の周りの空気は冷えていないような気がして、少し温度を下げた。途端に気持ち良くなってうたた寝してしまった。おとぎ話には、靴屋のおじいさんが疲れて寝てる間に、小人が出てきて靴を仕上げるお話があるが、私が目を覚ましても書類の山は崩れて床に落ちている事はあっても、決して片付いていない。叔母がインターホンを鳴らしてお裾分けを持ってくることはあっても。
25th 電気の計測票がポストに入っていた。電気料金が先月の5割増し。それは仕方が無い。猛暑でエアコンがフル活動。が去年同月と電気の使用量がそれほども違わないのに3000円高い。何故?スーパーで買い物袋に入れてもらうと5円かかる。でもその袋は大きくて丈夫で持ち手があるので、とても重宝する。時々その袋がほしくて、ワザとショッピングバッグを持たずに買い物に行く。スーパーの売り場で、20枚入りの持ち手つきのレジ袋を買おうとすると、薄っぺらで、尖った紙の角などですぐに破れるくせに、1枚5円以上する。その袋は、2枚重ねにしないと、生ゴミや豆など入れてエライ目に会った。ところで、レジ袋の削減でどれだけ石油を節約できてエコになったのか、誰も教えてくれない。…主婦の勘!じゃなくて宿題(^^ゞ
26th こんなに日照続きなのに、スイカズラや薔薇が今年2度目の花を咲かせ始めた。スイカズラの甘い匂いを吸い込むと、もうすぐ涼しくなるから頑張ろうねといわれている気がする。昨日は下痢をしたが、今日はもう大丈夫。食欲の秋を控えて、お腹の掃除をしたんだと楽天的に思える。人から楽天家的な事を聞くと「甘い!」と思って冷や水を浴びせてしまうが、自分からそう思った時には、根拠も理屈もへったくれもない。27th 朝、電話でのアンケートに答える。発端は2ヶ月以上前。別の人から、3ヶ月以上前に出したメールの返事が来た!最近、小刻みの時間に後ろから思い切り押されて歩いていて、よく日付や年号を間違える。こんな時間の流れ方があっても良い筈なのに、地に足が着いていないのではないかと感じる時がある。夕方椅子にちょっと座った瞬間に気を失ったように眠ってしまった。仕事帰りに顔を出した娘から声をかけられて気がついた。泥棒に入られても気付かないかも(^^ゞ
28th 期日が決められている選択。今日は一日それで揺れていた。YESと決めた30分後にはNOに決まってる!と思う。子どもの頃、誰も乗っていないシーソーの真ん中に立って、ただひたすらに右足と左足交互に重心を移して、シーソーの下の土がえぐれるくらいギッタン・バッコンやっていたのを思い出す。これまでの人生で選択を誤ったという深い後悔をした事が20年前にある。厄介な事から逃げた。自分が楽で平穏でありたい為だった。その代償は大きかった。だから、今日は人生に起こって来る事には、全て縁があったのだと思い、YESを選んだ。選んだ後に、先祖達にも夫にも感謝の気持ちが湧いてきた。
29th 姉から後日、生父の大学病院の通院日、家に一人居になる生母の昼食を頼むと連絡が来た。じゃ、お弁当を買って行って一緒に食べると返事しておいた。で、ふと「人間には選択することに幸福感を感ずる」という言葉を思い出した。仕出し屋さんとホカ弁のメニュー表を、生母の所へ持って行き、一晩悩んで決めてと置いてきた。すぐに姉から仕出し屋のはこの次の機会(いつの話や?)のためにとっておいて「松茸ご飯」が食べたいそうだとメールが来る。が、メニュー表には小さく「季節限定9/1〜」と書いてある。選ばせたからにはこっちが責任を持って答えなければならない。ホカ弁に電話して今もうやっていることを確認して落着。姉から「たかが弁当、されど弁当…」とメールが来る(^^ゞ 叔母がスミチオンの溶液をたくさん作ったからと、畑に行く前にうちの前の芙蓉に噴霧して行った。葉が枯れているのは、熱がついたんだと思うけど…。
30th 朝と夕方に雨。久しぶりに雨音を聞いた!朝のゴミ出しに一応傘はさして行ったけど、本当は傘を放り出して雨に濡れて歩きたいくらいだった。で、今日は出かけず、提出書類の準備。免許証や過去の申告書をコピーする。一昨年の分は更正になっている。結果的には払いすぎた税金が還付されたのだが、これだけ見るとギョッとするので、そうなった経緯を簡単に書いて付けておいた。そうだ、保存してある書類にもそういうのが必要だ!今まで台所など、自分がボケたり倒れた時に手伝ってもらいやすいようなるべく明記を目標にしてきた。書類はなおさらだ(^・^)31st リハビリの終わった生母を迎えに行き、昼ご飯は弁当の予定だった。生母が外食したいといったので出かける事にした。玄関を出たとたん、代休で用事を済ませた帰りの娘にバッタリ会った。じゃ、一緒にランチしようという事になった。ファミレスから姉にメールをしておいた。私達が定食を食べ終わった頃、姉と生父も通院を終えてレストランに来た。帰宅後の生母の様子は知らないが、生母はとてもご機嫌で、デザートの分まで奢ってくれた。