Insights(日々あれこれ)
ぽつり、ぽつりひとしずくのひとりごと。

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1st 昨日古い自宅前でMさんに呼び止められた。家を建てるから半年くらい貸してくれないかという話だった。以前、誰か借りてくれればいのにと思ったこともあったが、この2年間ちっとも片付けられない!!最後に家の中へ入ったのはいつだったっけ?夫に言うと即、断りの電話をしていた。古い家のポストには、時々片付け屋さんのチラシが入っている。見知らぬ人に整理を任す気にもとうていなれない(^^ゞ 
スマート・ハンディ・ファンという電池3個で動く扇風機を粗品にもらった。音がうるさい上にちっとも涼しくない。うちわや扇子の方がよっぽどスマートだ。夫は日頃私に「お前はいい加減な文系人間だ!」というが、これはドツボにはまった理系人間が作ったシロ物だ。

2nd 先月の25年点検の結果報告をもらう。消火器の賞味期限が切れている他は問題なかった。罰則は無いが、事が起これば責任を問われるそうだ。売っていそうなお店を探して電話し、古いものを引き取ってもらえるか尋ねた。買い替えの1:1なら引き取ってもらえる!先週から夏バテ気味でやる気の無い夫の背を押して買いに行った。夫は店に行くと、生き生きして動きだした。そして設置を終えると、達成感と安心感を得ていた。新しい消火器は赤く艶々輝いて、唐辛子みたいだが、出番がありませんように!

3rd 扱いなれない金額を動かさなければならない。身の丈に余る。動かすルートとその時必要な物を書き出して、細かく切った。そして一ヶ所に出かけて用事が済むと一旦家に帰ってリセットした。手間はかかるが気持ちの負担はグンと減った。若い時に「一時一事」という言葉を教わった。当時は今より体の自由が利いたし、効率優先で「ついで」と「ながら」一辺倒。今日やっとこの言葉のありがたみをかみ締めた。そして今日、人やテレビや本で出会う言葉もいつか役立つ日があるかもしれないと思う。

4th 法律が厳しくなってから、妻が夫名義の通帳からお金を動かすのが大変になった。以前、夫の満期の定期を解約して現金を受け取ろうとしたら、行員から身元確認だの夫に電話して了解済みかの確認だのエライ目に会った。今回は送金なので余計にややこしくなると想像できた。それで昨日懇意の外回りの行員さんに相談しておいた。彼女が窓口で立ち会ってくれ、彼女の証言と印鑑でスムーズに夫名義の口座から送金できた。銀行では夫婦はあくまでアカの他人だ。そして夫の通帳ばかりに注目していたら、自分の通帳が「貸し越し」になっていた(^^ゞ

5th 朝いつものようにパソコンを立ち上げた。ポンと軽い音がして画面が真っ黒になった。録画の赤い表示だけついてファンが回る音もしているが、どうにもならない。電源も落ちない。起きてきた夫も一緒になって大騒ぎ。バックアップを録っていないファイルの数々、メールで交渉中の数件…めまいがしてきた。が、夫は時間になれば出勤して行く。私もとにかく英会話に出かけて午後一番に、パソコンに貼り付けてあるメーカーのコールセンターに電話した。10分待たされた。待たされている間に、「…当社では、操作や故障に関するお問合せには便利なサイトをご用意しております…」みたいな録音テープが何度も流れた。「だ〜か〜ら、画面が映らなきゃ便利もクソもあるもんか!」と罵詈雑言をぶつけていた。やっと繋がった電話で、私にとって厳しいミッションが下された。「パソコンに繋いであるもの全部を一旦外して電源もコンセントから直接抜き差しして…」自慢じゃないが、うちのパソコンは千手観音の様にいっぱい線が出て繋がっている。受話器を横に置いて、一つ一つ抜いて行く。特に電源は私の手では抜けず、手首に線を巻きつけて腕も抜けよと引っ張って抜いた。汗びっしょり!かなり時間がかかったが担当者は辛抱強く待っていてくれた。パソコンの電話線を抜いたら、電話も不通になった(^^ゞ 向こうからかけ直して経過を見守って(聞守って)くれた。直った!復活!帰宅した夫と、この次買うときもこのメーカーのパソコンにしようと話した。

6th 録画しておいたシーナ・アイエンガーの白熱教室をのんびり見た。自分の選択が正しかったのか?そんな迷いもあったからだ。まず、去年見た映像より、教授がきれいになって垢抜けているのに驚いた。化粧も濃くなっている。スタイリストやメイク係りが付いたのかな?diversityの難しさについて述べているのが印象に残った。じゃ自然界ではどうなんだろう?chaosとdiversityはどう違うんだろう?頭の中を整理するために観た番組のはずなのに、却ってとっ散らかってしまった(^^ゞ

7th Amazonに注文した本の代金をコンビニに支払いに行った。コンビニの支払機を操作するのは初めてではないので、画面の文字を全部丁寧に読んではいなかった。支払い番号を入力するが、途中で桁数がオーバーして機械が受け付けない。3回失敗してようやく気付いた。番号はハイフン無しで入力しなければならない。「もっと入力しやすい画面のレイアウトにして!」と画面に向かって文句を言う。自分の非は認めたくない。夫が携帯を忘れて出勤してしまった。急に息子に会いに行く段取りをつけなけばならなくなって、家の電話から夫の私用の携帯に電話をかけた。若い女性が出た!?しまった!夫が去年まで勤めていた会社の携帯番号だった(^^ゞ 私の非ではない。常用の携帯を忘れた夫が悪い(^^ゞ

8th
 居酒屋の料理はどれもおいしかったが、息子と話していて急に息子がアホ面に見えてきた。私達に会うのも仕事にかこつけなければならない息子が哀れに見えた。夫は、2軒目に飲みに行こうと息子と連れ立って行った。私はホテルに帰ってシャワーを浴びた。

9th もう用事は済んだ。一刻も早く小松に帰りたかった。二日酔いでボロボロの夫を見ながら、30年前の新婚旅行を思い出していた。帰りに寄った吹田の姉のマンションから、横に高熱の夫を乗せて小松まで運転した。これからの結婚生活はどうなるんだろうと不安の中を走った。夫もどうやらそれが頭にあったらしい。シャワーを浴び朝食を採とると、チェックアウトした。早めに街中を抜け出して名神のSA・PAでゆっくり休憩を取りながら、夫はハンドルを握り続けた。私は横で二日続きの睡眠不足を解消していた。あの頃に較べて車にはNAVIが付いているし、私達には失敗も含めて経験という知恵が付いていた。

10th ひとつ事を始めようとすると色んな事が絡んでくる。夫と共に専門家の話を聞く。ずっと昔の話やその土地の慣習など、法律ではないが無視しては通れない関門があると知る。それらは全てお金に絡んでくる。そしてそのお金には、人の感情も付いて回ると思った。40年前に両親が支払ったお金がまだ有効であると知った。お金が生きていた。今回関わったから知った事実だ。亡き両親から応援してもらっている。

11th 預かってもらっているお金を取りに行った。Kさんは不在で息子さんが封筒を渡してくれた。中身を確認して受け取ろうとした。端数に¥600があってコインが入っていた。銀色のコインが6枚でOKと言おうとしたら、向かいで見ていた息子さんが「ひとつ500円玉混じってなかった?」と言った。見直すと100円玉5つと500円玉1つで¥1000だ!「良かった。今気付いて!」と言って¥400を返す。ど近眼だからまだ老眼じゃないよと威張っていたが、そろそろやってきたかな?+生来のおっちょこちょい!

12th 朝は涼しかったのに、陽が昇るにつれてまた暑くなった。先日「すなおに直訳するとキケンな英語表現事典」を読んでいた時に娘が来た。指でピストルの格好をして(変形しているので銃口が横を向いているけど)「Duck!(あひる:但しこの場面では’伏せろ’)」と叫んだ。娘は大きな口を開けて「ガァー」と鳴いた(^^ゞ この話を英会話ですると、先生は「目の前で銃を突きつけられてちゃ、伏せてもガァーと鳴いても一緒の結果だ」と言った。

13th 人は善だと信じて任せきりにしてしまえば楽なことがたくさんある。しかし私は自分がいつも善と悪の間でもがいているから、他人だってそうだと思える。自分が善と思うことを表し関わって初めて自分がここに存在すると思う。悪というのは犯罪とかじゃなくて、悲観や嫉みや怠惰の類である。昔「痩せ馬ほど荷を担ぎたがる」と言う面白い言葉を聞いたことがある。痩せ馬で、荷物も担がないのに、ただただ走り回っている絵が頭の中に浮かんだ(^^ゞ

14th オレンシア24回目。今日は明け方トイレに起きて2度寝してしまったらおそろしく調子が悪い。調子を聞かれて、頭痛とふらふらしている事。半年前に渡れた溝が、夏には怖くて渡れなくなった事を言う。以前に倒れて頭を打っている事も言った。点滴の後に頸のレントゲンを撮り、診察を受けた。一番上の頚椎の右側の隙間が狭くなっているが、まだ神経を圧迫するほどでもない。もっと症状が出てきたらMRIで検査しましょうと言われた。ベテランリウマチ患者でも、こういう言い方にはガックリくる。まるで悪くなるまで待ってなさいみたいに聞こえるのは、被害妄想?

15th 娘夫婦からのプレゼントで、賞味期限が今年いっぱいの映画のチケットがある。今日は少し休もうと、夫と映画を見に行く事にした。私は邦画を観たかったが、夫は3Dの「バイオハザードD」が観たいと言い、意見は合わない。とにかく映画館へ行った。先に座席を確保しようとして知った。もらったチケットはこの映画館では使えない(^^ゞ 入場券を買いなおし、3D映画の割増金も払った。眼鏡は以前観た時買ったのを持って行ったが、古い家においたままだったので埃だらけできれいにしないと使えなかった。そうまでして観た映画だったが、筋が全然分からなくて途中で寝てしまい、余計に何がなんだか分からなくなった(^^ゞ

16th PLADOでなくシエンタで早朝に家を出た。呉羽PAに着いたのは丁度日の出少し前。屏風の様な立山の背景が、夜空からトワイライトのグラデーションになる。剣岳よりも少し北から、朝日が満を持したように昇る瞬間を眺めた。夫は久しぶりにシャッターを切りまくっていた。朝露に濡れたエノコロ草やススキなど、自然は確実に秋の景色だった。もうそれに満足した感があった。その後、真田幸村で有名な上田城へ行き、帰りは安房トンネルまわりでそそくさ帰宅した。夫婦で遠出のためにと買った2ドアのPLADOだが、シエンタにその地位を奪われた。

17th 先日届いた新米とやっぱり食べきれそうにない去年のお米を持って義兄の家へ行く。姪のラスベガスでの結婚式の写真を見せてもらう。40℃を越す暑さで、花婿花嫁以外は皆ラフな感じである。花婿や家族との会話はやはり姪の通訳が必要なのに、全部は通訳してもらえなくて、ボディーランゲージを駆使して少しは楽しい会話が成り立ったようだ。これで姪は名実共にアメリカ人になった。昨今の韓国・中国との関係のニュースに面白くない義兄と夫が、共に台風が向こうに行け!とか蒙古襲来の神風の話を持ち出す(^^ゞ 帰りに娘達の新築工事現場に寄って、基礎の様子を見てくる。

18th 雨の街中を書類を持ってウロウロする。やっぱり傘をさすのが苦手だ。書類を濡らしてはいけないと、バッグにかぶさるように抱え持つ。帰宅して濡れた髪を乾かす。Mさんから電話がある。「今から書類を取りに行く」という言葉ではなく「車がパンクして…」オイオイ(^^ゞ で、私も予定を変えた。洗髪しに美容院へ行く事にして、書類は途中、届ける事にした。傘さしも洗髪もうまくできない。できないつながりで何とかしていかなければ…。

19th シエンタに乗ると、ナビがその日の日付と携帯電話を携帯しているか教えてくれる。小松の街中をウロウロする分には、ナビの道案内よりよっぽど私の方が道に詳しいが、この機能がありがたくて、いつもナビを入れっぱなし。今日も携帯の不携帯を注意された。それから日付を聞いて、3ヶ月前にやっておかなければならない「おしゃべり会」会場の申し込みを忘れていた事に気付いた。ナビは相棒だ。今愛称を考え中。

20th 夕飯を終えた頃、生母から変な電話がかかってきた。生父が言っていたという話だが、絶対変だと思った。しかし万が一ということもあるので出かけて確認しようと思った。夕飯には夫も私もビールを飲んでしまっていた。テレビを消して、小雨だが歩いて出かける事にした。久しぶりに小1時間、夫と散歩することになった。見慣れた道筋が、夜の別の顔をしていた。昼間は工事中で通れなかった所も、一旦片付けられていた。で、何事も無くヤレヤレだったのだが、今度は生父母のオツムが心配に(^^ゞ

21st 夕方、夫を迎えに行く約束をしていた。が、風船の空気が抜けたように、気力が湧かない。先に待ち合わせ場所に車で行き、車内で眠った。夫に夕飯は外食しようと提案した。近所の中華のお店のニラレバがとても食べたい!!夕方の開店に一番乗りした。帰宅してシャワーを浴び、6時過ぎから翌朝5時過ぎまでたっぷり眠った。やっとエネルギーチャージできた。先日からの頭痛も治った!で、思い出した。昼食は蒸したさつま芋とチーズだけだった(^^ゞ

22nd 涼しい朝は元気なのだが、太陽が昇って気温が上がってくるにつれてしなびる、朝顔の花状態。朝の家事が一段落したら、立ち上がりたくなくなった。気分転換にフットバスを思い付いた。毎日シャワーやお風呂に入っているのに、足を浸けたお湯にはパン粉を撒き散らしたように垢が浮き上がってくる(^^ゞ 手術の跡の縫い目や、リウマチによる毛細血管の拡張で、人前には晒したくない素足を、思い切り眺めて洗った。で、足を汚したくなくて買い物に行かず、先日息子が送ってきた赤いかを解凍して食べた。

23rd
 2つの新築物件をさっと見学して図書館に行く。「論語」の講座第4回に間に合う。「孝」についてであった。儒教の「孝」は、私が考えるよりずっと幅が広く重いものだった。中国人が儒教を投げ出したのはこの「孝」をまじめにやっていては、現状の改革や進歩が望めないから。質問があった。日本は何故儒教を排除しなかったか?A:当初論語はごく一部の人しか知らなかった。本格的に広まったのが安定期の江戸時代であったことも大きく関係しているようで、これは最終回のテーマでもあるそうだ。この講座は参加したいが、孔子学院の授業と重なっている。孔子学院のアンケートに儒教や論語についても学びたいと書いたが、多分無理だろうな。

24th 過去の申告書の控えのひとつが見つからない。税務署へ行ってコピーしてもらってこなくてはいけないかなとちょっと邪魔臭く思った。税務署に電話した。自動で係に回すシステムで、ちゃんと電話のボタンを押したのに、「…認識できなかったので相談センターに繋ぎます…」と勝手に違う担当者の所へ回された。(^^ゞ 電話に出た人に回しなおしてもらい、担当者から電子申告した過去の書類は国税庁のホームページから引き出せると教えてもらった。申告に関してまた一つ賢くなった(*^^)v 以前体調不良で途中でギブアップした簿記講座を再受講しようかと思っていたが、昨日図書館で良い本を見つけた。エクセルで自作して自分に合った帳簿作りをするものだ。これで勉強して来年税務署に複式簿記として認めてもらおうかな?その前にパソコンも替えた方がいいかな?

25th 今日の午後までに、国民年金を滞納していない事を証明するために、夫婦の「年金定期便」を用意しおいてと言われた。書類ホルダーを探したらあった!が、そこからがややこしかった。夫は昨年退職した時、年金事務所で相談した。無収入の間、収める分を猶予とかできないか尋ねた。「配偶者に収入があるので、認められるかどうかわからないが、申請書を出してみて通ればそれで良し、通らなければ遅れて納めて下さい」と言われ、その通りした。その後夫は再就職し、又厚生年金に戻った。が、定期便には遅れて納めた分が、「未納」と印字されている(^^ゞ 年金事務所へ電話して、払っている証明をもらえるか聞いたが、1週間〜10日かかると言われた。だが同時に別の提案をもらった(*^^)v 遅れて払った時の領収書を添付してはどうですか?私の頭はどうしてこういう簡単で柔軟な発想に結びつかないのかな(^^ゞ

26th
 想定外の出来事が今日も起きる。だいたい想定通り、計画通りなんて事自体、私の生活には滅多にないことなんじゃないかと思う(^^ゞ リウマチの痛みがあった頃は、今日はどの位痛むのだろうか?それに一日耐えて過せるか?とおののいて朝起きたものだが、痛みが無くなってからは、今日はどんな一日が始まるのだろうか?と期待で目を覚ます事を覚えた。安倍さんが自民党の総裁になった。潰瘍性大腸炎でレミケードを使って復帰できたと思われる。私の場合、オレンシアで復帰ではなく、新規開拓状態(*^^)v

27th 秋祭りの押し寿司用の鯖の切り身を買ってあった。今日やっと押し寿司を作れた。3合の小さな桶は今の暮らしに丁度良い。先日お祭り前にこれを買いに行った。売り場をひと回りしたが、陳列してある場所がわからなかった。店員さんに教えてもらった場所に行くと、40代の夫婦が陳列棚の前で口論しており、体の陰になって見えなかったのだ。大きな声なので、自然と聞こえた。寿司飯を混ぜる半切り桶の大きいのを妻が買おうとしているのを、夫が必死で小さいのにさせようとしていた。「こんな物1年に1回か2回しか使わんのに、でかいの買うたらじゃまになる!」…理屈はそうだけど、寿司飯は大きめの桶で混ぜた方が作業がしやすく、その後も冷めやすい。私ならこう反撃して大いのを買っただろう。それにしても他人の夫婦げんかを見ると下らない事でけんかしてると呆れてしまう。桶一つでけんかできるのもほほえましい。

28th ちょっと昼間気になる事があった。夫にメールして一応耳に入れておく状態にして自分のストレスを小さくしておく。なんか気になる事があると、夫が帰宅してすぐ話さないと忘れてしまう→しかし私は夕食の支度などで手が離せない→的確に話せない・言い間違い・固有名詞が出てこなくてアレソレで間に合わせる→夫の耳は機械音には敏感だが人の声を聞く造りではない・話の揚げ足を取るのが好き→私は話の腰を折られたり茶々を入れられると、何を話していたか分からなくなる→夫は言葉の聞き違い・疲れて帰ってきてややこしい長い話は聞きたくない いつもそういうプロセスでお互いイライラが募って喧嘩になっていた。

29th 昨日会計事務所から電話があって、母が亡くなった頃の、記憶も意識も定かでない頃の書類を探す羽目になった。昨日夕方から探し始めたが見つけられなくて、今朝明るくなるのを待ってもう一度探した。家じゅうひっくり返して参考になりそうな書類の袋をやっと見つけた。彼らが来るまでにはどうにか間に合った!面談していると、税制が、私と母の絆をブチブチ切る音がした。午後別の話で、担当者と面談。彼は保育園の子供の運動会帰りだった。私達夫婦は、子供の小さかった頃を思い出しながら運動会の様子を聞いた。面談の順序が逆でなくて良かった(*^^)v

30th 台風の予想進路を見て、午後から雨が降る!朝の内に最後のキウィ収穫。この畑の風景を見るのも見納めだ。まだ田んぼだった頃、遠くて来るのが嫌だった。土盛りをしてから高い税金に悩んだ。畑にしたがなかなか手が回らず、周囲の住宅も迷惑だったろう。荒れ放題の地を、どうやら近所の小学生達が開発しようとしたらしい。畑の真ん中に、石積みなどがあり「ひみつ基地設計図」という画用紙に鉛筆書きしたのまであった。草刈に行った夫が面白がって持ち帰って来た。多分古い家のどこかにあるだろう。あの設計図を見たとき、「土地が死んでいる」と思った。そして彼らが設計図を描く事遅れて10年、やっと私達の設計図を手にできた。 

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