「いのちの日記」 柳沢桂子 著 より


精神科の開業医は少ない上に、往診して下さるという先生は聞いたこともないほど少ないのである。1999年7月の梅雨のさなか、雨の激しい日に、ああ先生は千葉から往診して下さった。私の話を少し聞いただけで、「慢性疼痛。脳の代謝異常です」といってお薬を置いていって下さった。

そのお薬は、アモキサンという抗うつ剤であったが、すぐに効果があらわれて、激しい腹痛が軽くなった。○ 先生は帰られてからさらに二種類のお薬、トフラニールとリボトリールを送って下さった。このお薬によって、私の苦しみは完全に抑えられ、身体を起こせるまでになった。飲み込みも次第に回復し、中心静脈栄養は必要でなくなった。

長い間寝ていたので、起きあがって歩けるようになるまでがたいへんだったが、私は、ふたたび家族と一緒に食事をできるようになった。

発病を1969年とすると、30年間、どの大病院でも診断のつかなかった病気を○ 先生は、たった一回の往診で治して下さった。

私の病気は、神経伝達物質の中のセロトニンやノルアドレナリンが不足しているのだという。抗うつ剤には、このような神経伝達物質の見かけ上の量を増やす働きがあるので、効果があるということだった。

その後、2000年代になって、アメリカから新薬が入ってきて、それまでの抗うつ剤よりももっと的確に効く薬を使えるようになった。大塚先生も徐々に抗うつ剤をこのような新薬、トレドミンやパキシルと置き換えて下さり、現在では、これらの薬を服んでいる。

とはいえ、やはり自分の身体で作るのとはちがって、副作用もあるし、まったく健康な人とおなじというわけにはいかない。それでも、苦しみから解放されて、家族とともに静かに暮らすことができるのは、何という幸せであろうか。


(加茂)

先生のお名前は私が伏せました。著書には、お名前が書かれています。

柳沢さんについては、FILE23もみてください。

加茂整形外科医院