nsights(日々あれこれ)
ぽつり、ぽつりひとしずくのひとりごと。

前月 October 2011 翌月  ホーム

2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

1st 病院でCT検査を受けた後、金沢の香林寺へ行った。ナビは裏の大通りで突然「目的地付近です。終了します」と告げて、仕事を放棄しやがった。細い路地を探しながら行った。前の車も同じ目的地だった(^^ゞ 白い彼岸花がさかりだ。40年近く前、リウマチを発症した頃、母がこの寺の住職処方の漢方薬を煮出して、私に飲ませた。受付の人に言うと、それは先代住職で、もう亡くなり代替わりしたそうだ。先代さんは薬剤師で、今の住職は社会福祉に関係しているとも聞いた。イヌサフランもたくさん咲いていた。昔、リウマチの薬になったそうだが、どちらも毒草。毒と薬の表裏は今も変わらない。

2nd おにぎりを持ってハイキングに出かけたかったが、夫の体調が悪く、天気もイマイチで断念した。残念。まぁ、今まで夫の方が元気で出たがりで、私の体調が悪くて出かけられない事の方が多かったから、夫の気持ちを味わうのもいいか。買い物にも出かけず、あり合わせの物で夕飯にする。久し振りに卵5個でだし巻き卵を作ったが、二人では食べきれず、残りは翌日夫がお弁当に持って行った。

3rd オレンシア12回目。CRP0.08。イスコチンを卒薬(*^^)v 今月は月末にもう一度点滴。懐が痛い!帰りに寄ったスーパーで、ハシリの高い鮟鱇を横目で見て、旬の安いメギスを一皿買ってくる。畑で取れた野菜たちと天ぷらにした。そのくらいの節約では追いつかないけど、気持ちだけ。M叔母が娘のお祝いと結婚式の招待状の返信を持ってくる。葉書を見ると切手が無い!やっぱり!先日娘がその家への招待状を出し忘れた事が判明し、親娘揃って持参し、謝ってきたばかりだった。夫が切手の貼り忘れを懸念していたのだが… 

4th 昨夜姉から、生父が最近元気が無く、食欲も無く、近所の医者に行ったら薬を20種類も出されたが原因は分からず、一日中寝ているとの電話があった。で、寄ってみた。何のことはない、コタツの器具を外して必死で直していた。細かいネジ穴を締めたり外したり、電気を通してみたり、顔も生き生きしている。買い物に行っていた生母が帰り、昨日まで寝ていたのに今朝は6時からずっとコタツ直しに夢中なのだと言う。結局コタツは直らず、器具を買い換える結果となったが、毎日コタツが壊れてると元気なんかい?

5th 英会話、久し振りに全員が揃った。最近はラジオのビジネス英語もテレビの英語ニュースも聞かなくなり、英語を聞くチャンスがこの時間だけになってしまった。単語もどんどん忘れていく。落ち着いたら中国語を再開しようと思っているが、その「落ち着いた」はいつやってくるのだろう?家のパソコンで検索した本を図書館へ借りに行く。閲覧室には退職したような「落ち着いた」おじさんがたくさんいた。こんな気持ちの良い季節に、図書館しか行くとこがないのは、案外退屈かもしれない。

6th 義母と義兄夫婦が娘のお祝いを持って来てくれた。買ったお菓子よりもと、小豆を煮て夫が作ったカボチャとさつま芋を入れたぜんざいを作った。ご飯を食べてきたばかりのお客さんより、夫がお替りして食べた。生父が肺炎で入院する事になり、姉から入院の連帯保証人になってほしいと頼まれた。以前は無職なのになれるの?と疑問だったので、夫の名前を書いたものだが、今は一応所得税・市民税を払ういっちょまえの人になり、堂々と自分の名前を書いてきた。

7th 家を出ようとしていた時に丁度来客があり、その後出かけたものの、忘れ物が有り、また取りに戻る。こんなことした日には疲労感が増す。帰宅後、おそい昼食を済ませて昼寝しようとしたが、来客があり寝そびれた。寝るのは諦めた。秋植えのチュリーップやヒヤシンスの植え付けをしていると、叔父が覗きに来た。家の前のヒメシャラがちっとも大きくなってないと指摘する。分かっていますって(^^ゞ今植えた球根も、半額セールで買ってきたものだから、半分しか咲かないかも(^^ゞ

8th
 第36回リウマチおしゃべり会。13名参加。ちょっと話が割れて、バズ状態になったので「皆さんにお知らせすることや、聞いておきたいことありませんか?」と振ったら、すかさず「ただこうしてリウマチのこといっぱい話しているだけで楽しいんや」とYさんがつぶやいた。Mさんが悩んでいる発病浅いNさんを連れて来た。終了後にもグループに分かれて立ち話を続ける人や、お茶飲みに流れていく人…キメキメではないゆるい関係の場の提供という目標に近づいているかも(*^^)v 5日に亡くなったSteven Paul Jobsが”Stay Foolish”という言葉を遺していることを知って思い出した。小さい頃、祖母は小ざかしい質問をする私によく言った。「おろかなもんになれ!」彼の言う”Foolish”は目標に邁進する愚鈍さで、祖母の言う「おろか」は愚禿親鸞に由来すると思うが、悩みには愚かさで処する知恵も要ると思うこの頃…。

9th 昨日、リウマチのNさんが手編みのシュシュをくれた。変形した手で良く編み物ができるなと感心する。でも編み物など手芸のできることがうらやましい。ああいう手作業は、自分と向き合い色んな考え事ができるし、イメージしていた物が段々と目に見える物へ姿を変えていく楽しさを味わえる。先日、天井につるす滑車を買ってきた。滑車でリハビリの装置をこしらえて、毎日少しずつ動かしたら、自分で髪にシュシュが結えるようにならないものかと、わずかな希望を持っている。その前に、溜まっていた書類の整理を断行!

10th お昼は披露宴のメニューの試食会。これで娘婿の御両親とも3回目の食事会だ。1回目の時は、まだ肘が痛くて箸の力も弱く、緊張していたので味わう余裕が無かった。今回は食事をしながら色々具体的な手はずについても話が出た。地元の風習である「落ち着きの餅」の椀もあり、遠くから来てもらうお客さんにも面白がってもらえるだろう。息子の結婚式の時には完全にかやの外におかれて、何の楽しみも無かったが、娘婿と娘の配慮で、やっと親としての充実感を味わえた。その後、入院中の生父の見舞いに行く。生父が偏頭痛持ちである事を初めて知った。息子が受験勉強中に偏頭痛の発作を起こして慌てた記憶が蘇った。

11th 朝晩冷える。寝入時は風呂上りで温まっているが、朝、夜具から出ていた肩がこわばっていて、すぐに起き上がれないことがある。でも痛みは無いので、しばらくモゾモゾしているとエンジンがかかる。くしゃみが出そうになって、とっさに手に持っていたぬいぐるみで、鼻と口を押さえたら、ぬいぐるみがティッシュ代わりになってしまった(^^ゞ あわてて洗面所に湯を張り、エマールのお風呂で沐浴みたいに手洗いし、脱水機にかけた。ベランダの手摺に座らせておいたら一日で乾いた。隣のお庭では、植木屋さんが手入れをしていたが、それを指図するように上から見下ろしている構図になっていた。

12th Hさんが、採ってきたコケ(ハタケシメジ?)を持って来てくれた。山の香りがする!さっそくメニュー変更。カワハギの昆布締めは、面倒くさいので、刺身のままでいいや。豆腐ステーキも止めた。畑から春菊と葱とハクサイ菜を採ってきて、コケ入りすき焼きにしよう。こういう事があるから、予め献立を立てて、食材を注文するのが馴染まない。郵便を出しに行こうとしたら、近所の自動販売機の前で、赤い〒のスクーター2台を見かけたので、ちょっと声をかけて通った。しばらくすると、後ろから追い越そうとした1台が停まって「今から〒局へ帰る所だから、出しといてあげる」と言ってくれた。助かった(*^^)v

13th 夫の昨年度の源泉徴収票に記載漏れがあり、税金が多く取られ過ぎており、書類を出せば戻ってくる事が判明した。市役所の税務課の人が見つけてくれ、税務署に連絡してくれてあった。6月に控除を多く書きすぎてあるとわかって税務署へ行った時とはえらい違いで、税務署員は低姿勢だ。税のプロでさえ、数字の矛盾を見抜けなかったのだから、ドシロウトの私達に到底無理な話だ。前回控除を多く書きすぎたのも、パソコンで資料のとおりに数字を当てはめていったらそうなっただけなのに、罰金や延滞税まで取られた。今回それも戻ってくるという。

14th 母に関する手続きは全て終わったと思っていたが、まだ名義変更の済んでいない契約が出て来て、JAへ行く。雑草みたいに油断してるとひょっこり顔を出してくる。やれやれ。最近エンディングノートが流行で、死後の面倒を減らすため、遺族に書き残す事を勧めているが、私がやった手続きを全部引き継がせるのは、酷だという気がしてならない。帰りに来年の手帳を買って来た。いつもはもう少し押し詰まってから買うが、私の愛用の高橋の手帳は、新年になっても値引きされないし、遅く買うと、多くの人が手に取って見た後で、新品なのにもうヨレ〜としていて、自分の新年を手垢で汚された気になる。さぁて、来年はこれにどんな事を書き留めていくのだろう?

15th 明日は200キロほど走る。軽油を入れにスタンドに寄った。ドアを開けてカードを差し出し給油を頼むと、イケメンの店員さんが何故かひざまずく様な格好で受け取った。びっくりした。これまで何年もこのスタンドを利用しているが、こんな接客に変えたのか?日本の『お客様は神様』接客はここまで来たのか!と思って財布を出そうとしてウェストポーチのジッパーを開けたら、ジッパーがシートベルトを噛んでしまった!隙間から財布を出して支払いを済ませ、イケメンの店員さんに頼んだ。「あのう、すんません、これ外してほしいんですけど…」(^^ゞ

16th 能登地区リウマチ講演会。「作業で人は元気になる」(作業療法士:進藤浩美 川上直子岡崎律江)。講師の方が「もっと年配で、活動的でない方達が来られるのかと思っていました」と言ったのが、気になった。専門家でさえ、やっぱりリウマチは年寄りで蹲っている気難しい病人をイメージするのだろうか?PRに失敗し、お客様が5人(^^ゞ Nさんが出がけにびしょぬれになり、金沢駅まで来て帰った(^^ゞ暑くなった支部長が、クーラーのスイッチと間違えて車の天井窓を開けてしまいオープンカー状態でずっと走った(^^ゞやっぱり誰も前回Mさんが教えてくれた上棚矢田ICから七尾への近道を覚えていなかった(^^ゞ

17th 娘が披露宴のスライドに使うからと、私達の結婚式の時のアルバムを取りに来た。30年前のアルバムに収まった人々の、かなりの数の人が亡くなっている。娘が知っている人を指差しては「若〜い!」と驚いている。別に驚く事じゃないだろうに。誰も最初から年寄りではないし、写真が語る30年という年月は容赦の無いもんだ。百の言葉より雄弁だ。久し振りに古い家の2階へ上がったが、階段一段一段をくもの巣と埃を掃いてからでないと上がれなかった。

18th とても気持ちの良い秋の日。月曜の朝は、用事が多くて忘れやすいので、今月からMTXの飲み方を。火曜の朝に2錠、夕1錠に変えた。やっぱりMTXを飲むとだるくなる。昼間30分昼寝したのに、夜はお風呂もパスして9時過ぎに寝て、翌朝5時まで目が覚めず、こんな心地良い季節に寝てばかっりで損した気分だ。夏の疲れを癒そうと、体が眠くなるのかもしれない。今日からやっと新米を食べ始める(*^^)v

19th 今日の予定は、姉が長野と群馬のりんごのお裾分けをあげるから…という話から、入院している生父の病院が待ち合わせ場所になり、そこからまた話が横道にそれて、生母のおごりでご飯を食べに行こう…となり、行ったお店は「定休日」で(^^ゞ…別の店へ行き…変更と行き当たりばったりの連続だった。ついでに、入院中のOさんを見舞い、Mさんちに民謡の入場券を渡しに行ったら、Tさんからの預かり物をもらった。その帰りに、なんとOさんの次男にも会った。転がる石のように、動けば色んなシーンに出くわす。

20th 代休の娘が、昼に来た。外へランチを食べに行くか?と誘ったが、喉がおかしいから温かいラーメンを作って家で食べたいと自分で作り始めた。昨日採ってきてあったハクサイ菜を入れてよとザルを差し出すと、「カメムシ〜!」と娘は叫んでザルを避けた。もう一度ハクサイ菜を洗い直したが、娘は見向きもしなかった(^^ゞ 夜パソコン作業をしていると、頭上をカメムシが飛び回り、書類ケースにとまった。ハクサイ菜に紛れていた奴に違いない。ハクサイ菜の様な瑞々しい緑色の体色で、ブローチにしたいくらいだったが、虫を捕まえられるかどうかで自分の老化を測りたい夫に、始末は任せた。

21st 先日叔母に野菜作りの講習会があるよと教えたら、参加してきた叔母が家の分の資料ももらってきてくれた。地質の見分け方や肥料の配合だの、百姓には程遠く五姓もやっとの私達には、参考になることばかりであるが、老眼の夫がちゃんと読んでやるわけが無いだろう(^^ゞ 昨日衝動買いしたパンジー苗を植木鉢に、葉牡丹苗はひびの入った行平鍋に植えた。私が花を植えるのは、単に自分の愉しみだけじゃないとこがある。夕方、近所のNさんがお寺の領収書を持ってきた。Nさんとのおしゃべりの中に、自分のエエカッコシイを見つけてちょっと落ち込む(^^ゞ

22nd 第1回を受講して以来、白川静文字講座は都合が悪くて欠席が続いた。今日やっと出席したら最終回だった(^^ゞ 中国の凱旋門には死体を塗りこめたそうだ。それから「幸」という字は、囚われの身で両手を縛られているのを表し、殺されないだけまだマシだね、という状態なのだそうだ。中国人の「幸」に対する思いはそのくらいのものかと驚いた。現代の中国人の貪欲さを間近に見てきた者には信じられないくらい。昔の中国人の方が大人で、小欲だったのかと新鮮な感動を持つ。

23rd
 第6回北陸膠原病支援ネットワーク総会。富山支部からの4名と共に9名でランチ。貴重な情報交換(*^^)v 会場で以前に買いそびれた「シェーグレンとともに」(大和恵美子 編集)を買い、第2部の『疾患別患者代表と医師による医療相談』を聞きながら読む。帰りの汽車でもベッドに入ってからも。読みやすい構成で一気に読み終えた。先の『疾患別患者代表…』の患者さんたちの発言は、とても優等生だ。本の方は、読み終わるとものすごく疲れた。このままでは眠れない。口直しで玄有宗久の「観音力」を開いた。…この世で一番痛いのは「私」…と言う文字が飛び込んできた。そう、それを言いたいんだよ。

24th 姉から、生父が今日退院すると聞いていた。「これからひと悶着あるやろけどコメディを展開してや」と応援メールを送っておいた。夕方寄ってみたが留守だった。長男が生まれた甥へのお祝いをポストに入れて来た。しばらくして姉から電話がある。案の定ひと悶着あったらしい(^^ゞ 昼間、呉服屋さんのSさんが恵比寿講の宣伝に来た。Sさんの亡くなった母親は、娘が看護師として働いていた時入院していた。「娘が可愛いおばあちゃんやったと言うてましたよ」と言うと、「そんなこと無い!」と即座に否定した(^^ゞ

25th 一昨日会ったKさんが『困ってるひと』という本を貸してくれた。12時前にはベッドに入り、軽いナイトキャップのつもりで読み始めたら、面白くてのめり込み、最後まで読んでしまった。読み終えたのが未明4時近く(^^ゞ 明日は朝から予定が詰まっているし、金沢までの運転もあるのに…。しかし作者が難病であること、娘と同じ年であることなど、引きつけられるファクターがあった。ベッドでこんなに本が読めたのも、電動ベッドで背もたれの角度が自由にできるからだ。環境を整えれば、できることが増える!

26th
 Mさんが本光寺さんの巻物のご開帳の話をすると、Gordonは「何故いつも公開しておかないのか?貴重ですばらしい物だったら、余計にいつでも誰でもみられるようにしておくべきではないのか?モナ・リザをみてごらん」と突っ込んだ。「秘仏」とか「秘すれば花」という日本の文化を説明しようとするが、うまく説明できない(^^ゞ 文法無視で必死で単語を並べまくるが通じない(^^ゞ つまりそういう文化背景はぼんやり感覚として分かっているが、言語としては認識していないから、到底英語で表現するまでに至らない(^^ゞ ショック。 リウマチ友の会委員会。7人。来月の温泉療養の打ち合わせ。本部からの委員活動費の参考資料を見せてもらう。なんかこれを見たら、おっそろしくやる気をそがれた。組織が肥大化すると、マニュアル化→形骸化→硬直→衰退 の図式が浮かんだ。

27th 月曜日のオレンシアに備えて、採血だけしに行った。風が強く、紅葉したポプラの葉が渦巻いて落葉している。おや、いつの間にか秋がこんなに深まっていたのかと驚いた。関節の痛みがひどい時は、この痛みさえなくなったらどんなに楽だろう。あれもできる、これもできるのにと毎日思っていた。今は痛みが小さくなっているが、やっぱり自分のやりたいことがやれず、やらなければならない事に追いかけられているのは変わらない。午後は書類に翻弄され、役所めぐり。この風に落葉を散らすように、書類を放り投げ出したい(^^ゞ

28th 夫が今日を最後に仕事を辞める。娘が気を利かせて、「おとうさんごくろうさま」のプレートが付いたケーキを買って来てくれた。一応一区切りが付いた。私は自分が大学進学をあきらめたので、子ども達には大学に行ってもらいたかった。これは叶った。祖父、父と病気になり50代で中途退職した。特に父の病気は私のリウマチ発病のすぐ後で、母は私のせいだとなじった。今となってはそんな事どうでもよくなった。結婚して以来、夫には元気で定年まで仕事を続けられるようにと願ったが、叶わなかった。自分勝手な願いがそのまま叶う事が必ずしも良い事ではないと知っているが、残念に思う。本人がそれ以上に複雑な思いを抱えているので、何も言えない。今のこの思いも、いずれどうでもよくなるのかな。

29th 食卓いっぱいに書類を広げて整理していると、夫が、明日、人と会うのでお菓子箱を買って来てくれと言う。夜は出かける用事があるので、それまでに終わらせたいと思っていた。今しか買いに行けるチャンスが無いので、そのままにして慌てて出かける。帰宅すると夫は送別会に出かけていなかった。9時半に帰宅して寛いでいると、娘から電話。送別会帰りの夫が、娘達の家に寄っているので、私にも来ないかと。そのままになっている食卓の書類を横目で見つつ、また着替えて出かける気力が無いと返事する。どうしていつも世の中は、私の都合や体力に合わせて回ってくれないのだろう?

30th
 リウマチ・アレルギーシンポジウム。とてもコアな話が聞けた。これまで聞いてきた講演会のほとんどは、バイオ製剤の長所を大きく取り上げる話法が多かったが、意外にも、最後のパネルディスカッション(梅原Dr.田中Dr.竹内Dr.木村Dr.長谷川会長. CN:安倍Dr.宮坂Dr.)の質疑応答では、「この症例では、バイオ製剤を使わない方が良いだろう」と言う発言がいくつかあった。「大きな声では言えないが薬を替える前に医者を替えなさい」というシビアな冗談まで出るほど、臨床医はバイオ製剤の登場で、浮き足立っているのでは?と感じた。私はオレンシアの仕組みでいまいち理解できない部分があったが、とても分かりやすい模式図を見ることが出来、すっきりした。BM社の患者向けのウルサイ漫画キャラクターの解説図は、見る度に腹が立っていた。しかし、バイオ製剤の減薬は、飲み薬ほど簡単では無い事も今更分かった。ブレーキの無い特急列車に乗ってしまったかな?
会場では、長らく友の会とご無沙汰になっているいく人かの方と会った。一様に「懐かしい。今日会えてとても良かった」と言い合う。帰路、バス停で折りたたみ傘を畳む事に集中していたら、2台続けて来たバスに素通りされてしまった。なら、歩いてやろうじゃないの!とバスの後を追いかけるように歩き出した。夕方の混雑で停まってばかりいるバスとほとんど同時に金沢駅に着いた。長時間座っていた体が軟らかくなり、小さな達成感も得る(*^^)v

31st オレンシア13回目。主治医からオレンシア発売一周年のイベントで聞いて来たという情報をもらう。プラスの情報をいっぱい聞いた後で、答えは予想がついていたけど尋ねてみた。「で、止め時は?」止めたらマイナスの話で終わった(^^ゞ 30年以上前、気休めの薬しかなかった頃にも、リウマチはず〜っと薬を飲み続けていないと、再発すると脅された。が、薬を飲むのは止めた。で、15年後しっかり再発した。医師や薬屋からみたら「そらみたことか、言わんこっちゃ無い!」と小躍りされそうな結果だ。が、薬を飲まなかった期間に、出産.・授乳・育児を、薬の副作用に怯えずにできた。そして、例え飲み続けていても再発する時はするだろうという確信もあった。だから後悔は無い。そして今盛んに「寛解の時代!」と言われるが、今までの薬だって使いようによっては「寛解」に到る事を心底知っている。さて、今度はどうしよう?ブレーキの無い特急列車から、振り落とされれば仕方ないが、飛び降りるのは…やめとく(^^ゞ

 前月 先頭へ 翌月 ホーム