「アイシテル」って言ったことありますか?
最初にこの言葉を言ったときのこと、覚えてますか?
ここでは、ある人のそんな思い出を小説ふうに書いてみました。


第1章 未来予想図U

「何この人・・冷たくて暗くて怖そう」
それが彼の第一印象。
前の職場を退職し、大手ゼネコンKの現場事務所で働きだしたともこ。
彼は、長岡から出向でその事務所に単身で来ていた。
いつも別室で、CADによる施工図を描いていたのだった。
はじめの頃は、彼と顔を合わすことはあまりなく、話もしたことがなかった。

ちなみに「彼」はともこより6歳年上の既婚者である。
ともこが住んでいたのは富山県高岡市。

ある日、ともこは所長室に呼ばれ、所長に「CADやってみないか」と言われた。
「はぁ?私が?やったことないですよぉ」
「今度、東京で研修やるから大堀君と一緒に行ってくれ」
大堀というのが『冷たくて暗くて怖そう』な彼。
そのときは、まだ何の感情もなかったので、いやいや一緒に東京へ・・。
電車の中でもほとんど無言・・『やっぱ、暗い人なんだ・・』
3日間の研修を終え、帰る日が来たのだが、彼はまだ東京に仕事があったのか
一人で帰らされた。『やっぱ、冷たい人だ・・』

それからともこは、いつも彼のいる別室にちょくちょく出入りするようになり
何かと話もするようになった。
彼に対する『冷たくて暗くて怖そう』というイメージは次第に薄れていった。
図面を青焼きする機械も彼の部屋にあったので、誰かに青焼きを頼まれると
ちょっとうれしかったりして・・。

そんなある日、地元のお祭りがあった。
当時彼氏がいなかったともこは行かないつもりだったが、いつも事務所に出入り
している業者の男、山田に誘われ、ヒマだったので行く約束をした。
そのあと、その現場の施主会社の小笠という人からも誘われ「いいよ」と
返事をした。−−あとで一時ともこはこの小笠と付き合うことになる。−−
ともことしては、彼と一緒に行きたかったのだが・・。
やっぱり彼と行きたいと思い、彼のいる別室へ行き
「今日、ここのお祭りがあるんだけど、山田と小笠も一緒に
行くんだけど、大堀さんも行かない?」
思い切って誘ってみた。
「あ、いいよ」
と、あっさりOK。お祭りにはともこと男3人の計4人で出かけた。

お祭りの日以来、みんなで飲みに行ったりゴルフの打ちっ放しに行ったりと
仕事以外の付き合いも始まるようになった。
しかし、ともこは前の職場で不倫に悩み苦しんだので二度と不倫はしたくないと
思っていたので、彼と付き合うことなど考えてもいなかった。

現場でのともこの仕事は彼と一緒にCADで施工図を描くことになっていき、
別室で2人っきりという時間が長くなっていった。初心者のともこに彼はとても
やさしく教えてくれた。彼の顔がのともこ顔のすぐそばにある。振り向けば
唇が触れてしまうぐらい・・。
内心、すごくドキドキしながら仕事をしていたのだが、そんなことを悟られては
仕事にならないので、あくまでも平常心を装っていた。
現場に行くのも、仕事をするのもすごく楽しくて、毎日ほとんど遊びに行って
いるようなものだった・・なんてね。

CADも一人で出来るようになり、現場の図面も一人で描けるようになったともこは
彼のいた別室に一人で仕事することが多くなったのだ。
彼は、長岡の自分の会社に行くことが多くなり、現場の図面もほぼ終わりに
近くなったのだ。

ともこの友達「しずこ」が夜のスナックでバイトを始め「一回遊びに来てよぉ」と
言っていたので、一人で行くのもつまらないと思い彼を誘った。
「あ、いいよ」
またしても、あっさりと、今度はノリノリでOK。
その夜、ともこは彼を車で迎えに行き友達の店へ行った。今度は2人きりで・・。
彼は、あまりお酒が飲めない。しかし、この夜は飲んでいた。ベロベロとまでは
いかないが、ちょっとほろ酔い気分って感じ。ともこは、お酒そんなに強くないし、
運転していたこともあり、ほとんど飲んでいない。
しばらくしてその店を出て、違う店へ・・お好み焼き屋さんに入った。
その店のお好み焼きがマズイことマズイこと・・。
2人で顔見合わせて笑うぐらいマズかった。
そこで、いろんな話をした。
その会話の中の一つに、彼の地元、長岡の花火大会がもうすぐだっていう話を
した。
「あ〜、行きたいな〜」冗談半分にともこは言ったのに、本当に行くなんて・・。
その花火が涙で見えなくなるなんて・・、そのときは思いもしなかったのだった。

お好み焼き屋を出て、車で帰る途中もいろんな話をした。
ともこは、この会話だけは今でもハッキリ覚えている。
彼  「彼氏ホントにいないの?」
ともこ「いない、もう2ヶ月かな・・」
彼  「エッチしたい」
ともこ「はぁ?なにぃ、いきなり・・誰とぉ?」
彼  「ともちゃん」
ともこ「何アホなこと言ってんの」
彼  「ホントに・・ずっと好きだったんだ」
ともこ「へっ・・何を・・、バーカぁ」
と、言いつつホテルを探しているともこ・・(/o\)イヤーン
彼  「一番高くて一番いいホテル行こう」
ともこ「何で?」
彼  「やっぱ、ともちゃんとはいいところでしたい」
ともこ「マジでぇ?ホントに行くのぉ?」
彼  「うん、マジ」
ともこは、彼への思いを抑えていたのに、一気に崩れ落ちた。
えーい、なるようになれっ、そんな思いでホテルに入った。一番いいホテルでも
高いホテルでもなかったのだが・・。
しかし、飲めないお酒を飲んだせいか彼は・・・あえなく失敗。
午前5時に帰宅。ともこは家族を起こさないように足音を忍ばせ自分の部屋に
滑り込んだ。
が、一睡も出来なかった。

翌日、事務所で彼の顔を見るのが恥ずかしいこと恥ずかしいこと・・。
朝から彼も別室にこもって仕事をしていたので、日中顔合わせることはあまり
なく、お互い気まずい感じで、ともこも別室には行かなかった。
しかし、夕方、事務所でボーっとしているともこのところへ彼がやってきて
「寝てないの?目真っ赤だよ」
「当たり前でしょ、もーっ」
「今日も会える?」
「うん」
それから毎日、仕事が終わってから会うようになった。
彼は今まで週末になると、長岡へ帰っていたのだが、ともことそういうことになってから
ずっと帰らずにいた。
彼への想いは日ごとに大きくなり、会えば会うほど知れば知るほど好きになっていく。
彼も同じだった。
だけど、この人はともこの物にはならないのだ。奥さんがいる・・
でも、どうしようもなく好き。ともこはイケナイとは知りつつも彼を自分のものにしたいと
思いはじめていた。

彼のこの現場での仕事が終わり、長岡に帰ってしまう日が近づいた。
その日が来るまで2人は、毎日毎日夜遅くまで限られた時間を過ごした。

とうとうその日が来た。
それまでいつものように楽しく彼の車でデートしてたのに、だんだん会話が無くなり
ともこの目からは涙があふれた。
ともこの車を止めてあった、いつも2人で行っていたゴルフ場の駐車場に到着。
ともこはなかなか彼の車を降りることが出来ず、ずっとしがみついて泣いてた。
どれだけの時間泣いてただろうか・・かなり長い時間だった。
2人で車の外に出て、彼はともこをしっかり抱きしめた。
「愛してる」耳元で彼が言った。
ともこも言いたかったが、そんな言葉今まで言ったことないし、恥ずかしくてとても
言えなかった。
「とも・・お前も言って」彼はともこの口からその言葉を聞きたかったようだ。
ともこが黙っていると
「何で言ってくれないの?」と彼。
ホントは言いたいけど・・でも、やっぱり恥ずかしかった。
「大好き・・」ともこはこの言葉を言うのが精一杯。
「好き・・かぁ。いいよ、分かってる」と彼。
もう一度しっかりともこを抱きしめて「愛してる」と、また言った。そして彼は
自分の車に乗り込み、ともこも自分の車へ乗った。
すると、彼が車から降りてともこの車へ近づいてきた。ともこは窓を開け、涙で
クシャクシャになった顔を窓から出した。彼はやさしくキスして「これ・・・」と言って
一本のカセットテープをくれた。ドリカムのアルバムだった。
ともこはそれを受け取り、彼が車を離れようとしたときだ・・・。
「アイシテル」
やっとともこの口からこの言葉が出た。
彼は振り向きニッコリして、
「オレもアイシテル・・また絶対会いに来るから」
そう言って彼は車に乗り込み走り出した。
ともこは涙で前が見えなくなりながらも、彼の車の後ろをついて走った。
交差点で赤信号。この信号が青になったら彼は右へ・・・ともこは左に曲がる。
ずっとこのまま信号が青にならなければいい・・ともこはこの時ほどそう思ったこと
はなかった。
しかし、信号は青に変わる。
彼の車が走り出す。
少し行ったところで、彼の車のブレーキランプが5回点滅・・・「アイシテル」のサイン。
そして、彼とともこは別々の方向に向かって車を走らせた。
もう、2度と会えないかもしれない・・
そう思うと、ともこの目からは涙が止めどなく流れ続けた。

第2章へ・・・