痛みの定義   国際疼痛学会   1986年


An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage.

不快な感覚性・情動性の体験であり、それには組織損傷を伴うものと、そのような損傷があるように表現されるものがある。  (教授 熊澤孝朗)


多くの人は生まれてから這うようになり,さらによちよち歩きするようになって,あちこちに体をぶつけ,苦い経験を積み重ねていく。就学前の小児について調べた米国の研究によると, 3時間に1回の割合で,転んだり,ぶつけたり,けんかしたりして,痛い目にあっている.このような体験を通じて痛みを知るようになる。このとき痛いと感じ、つらいと思う.痛いと感じるのは感覚,つらいと思うのは情動である.だから,痛みは感覚情動体験である。長じてこのとき経験したのと同様な意識内容があると,痛みと思う。このとき身体に原因があるとは限らない。このようなことを配慮して,国際疼痛学会の用語委員会は,痛みを"組織の実質的あるいは潜在的な傷害に結びつくか,このような傷害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚,情動体験''と定義したMers-keyandBogduk, 1994)。組織が傷害されたときに生じる感覚,情動体験はまぎれもない痛みであるが,身体のどこにも原因が見当たらない感覚,情動体験であっても,これを痛みと認め,患者の苦しみに理解を示すべきである。

痛みの二面性(情動としての痛み・感覚としての痛み)


痛みには感覚の側面と,情動の側面がある.情動の側面は痛みに伴う不快感,不安,苦しみ,恐怖などをさしている。. 痛みをもつ患者が受診するのは,このような情動の側面があるからであるといっても多くの場合,言い過ぎでない.。痛みの感覚の側面をみると,視覚や聴覚と異なった大きな特徴がある。視覚と聴覚の場合は外界に感覚対象があって,他人と感覚対象を共有できる。そのためお互いの合意が得られやすい.ところが痛みの感覚対象は自分自身である。他人と痛みの体験を分かちあうことは原理的に不可能である。われわれにできるのは,他人の痛みを理解しようと努力することである。

加茂整形外科医院