Insights(日々あれこれ)
ぽつり、ぽつりひとしずくのひとりごと。

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1st まだ彼女の死のショックを引きずっている。家族が亡くなった時は、責任や手続きで、悲しむ暇が無く、怒りの感情も混じっていたりした。世代が上の人の場合は「順番だから」と無常や会者定離は当然だと思えた。丁度いい距離の間柄の人の死はただただ悲しいものだと初めて分かった。やる事が山ほどあるのにできない。段取りがつけられない。そんなのを救ってくれたのは、明日のリウマチ講演会に関する問合せの電話だ。ボランティアとは自分を救うためというのは本当だ。

2nd 相変わらずリウマチ講演会は、ハプニング続きで終了。終了後、わたくしモードに気分のギアをチェンジする。術後の生母の病院に寄ろうか、先に明日の法事の準備と夕飯の買い物をすませるか迷いながらエンジンをかけた途端、姉から電話がかかってきた。「ばあちゃん集中室から一般病棟に戻れたが興奮しているので、来るつもりがあっても来ないでほしい」…なんというタイミングだろう!で、夕飯に来た娘に言うと「不穏もあるかな」と言った。久しぶりにこの言葉を聞いてハッとする。世間では痴呆にはなりたくないと皆言うが、私は不穏の方が怖い。人生の澱のようなものが一気に吹き出るのでないかと思う。

3rd オモヤの法事。夫と行く。案内には書いてなかったが祖父母が「サクマ」と呼んでいた人の50回忌のお経もあげられた。祖父の弟で、幼い頃飲んだ風邪薬が元で今で言う身体障害者だった。農作業中に田んぼで倒れ、祖父らが戸板に乗せて亡骸をオモヤまで運び、祖母が手を合掌させた。結婚せず、一生の大部分を田畑で過した。ある時祖父の留守にサクマが来た。言語障害があったので、彼が玄関口で何か唸るようにわめいたが少しも分からなかった。慌てて祖母を呼びに行くと、祖母は彼をあがりがまちに座らせお茶を出した。何度もお茶のお替りを注いで、もどかしい彼の言いたい事を先回りするように言い当てながら話をとっくり聞いて、暫くすると「じいさん(夫・彼には兄)が帰ってくる前におめもはようち帰らっせ」と言った。サクマはおとなしく帰っていった。祖父が帰宅した時、祖母はサクマが家の者に叱られて油を売りにきたと報告していた。祖父母はサクマの葬式が終わってからふたりで「良かった」としみじみ言っていた。その頃の私は死が悲しいものだと知り始めていたので、お祝い事のように良かったというのが解せなかった。が、今なら分かる。祖父母は、サクマが寝付かず、オモヤにも迷惑かけずに逝った事を誉め、自分らがまだ元気なうちに骨(身内が夜通し薪をくべて燃やす)にして見送れた事も安心だったのだ。そしておしゃべり好きな祖母が、数少ない彼の話し相手で、祖母は根っからのカウンセラーの素質があったのかもしれない。オモヤで一人前の扱いでお経が上がったのに私の感慨があった。知らない人は3つもお経があがって長かったかもしれないが。

4th 暖かい。春の陽気(*^_^*)。今年になってはじめての墓参。花瓶の水が凍っていた。捧でエイッと突いて氷を割って水替えする。凍ってた水の割にはどぶ臭い(^^ゞ風も無く、蝋燭や線香がすぐついて気持ちいい。お坊さんが言うように、お参りもお念仏も死んだ人のためで無く、自分のためにやってるなぁ。
郵便を出しに行こうとして遅れた。明日に延ばすより本局に行くまでも無く、近くのポストに投函しようと出かけた。ポストの前にいた赤い郵便車に、自分の車を横付けして、集配袋に放り込ませてもらった。よっぽどこの郵便は早く相手に着きたかったみたい。

5th コンビニの機械を通して支払いしようとした。1回目「ただ今大変混んでいます。後ほど再操作して下さい」5分して2回目「同じbナの受付けは30分以上経ってから操作して下さい」ケッ!支払いしようとする客に向かって何てエラそうな機械なんや!機械相手じゃ「リウマチ患者が不自由をおして来てるんやから15分にまけてくれない?」とも言えず、コーヒーを買って一旦外に出た。梯川とぽかぽかのお日様を眺めながら一服した。飲み終わっても時間が余ったので向かいの天神様へ行った。観光ボランティアしていた時は良く行ったが、ここ何年もご無沙汰している。♪梅は咲いたか〜と鳥居をくぐると、いつも山門の前にあった石像の「ねまり牛」がいない!何百年もねまって(座って)いて足が痺れてどっか行ったか?本殿前は工事中だった。軒につっかい棒を当てて何か補修をするようだ。ねまり牛が本殿前に移されていた。ねまり牛には神慮が籠もったような由来がある。神慮は最初は「困難な事」「厄介な事」みたいな形で現れる事もあると、この牛から教えてもらった覚えがある。…3回目、やっと機械は想定どおりの動きをした。楽しい30分だった。

6th 一昨日懐かしい八戸の人から「勝手に汁せんべいセット送った」との葉書が来て、昨日午後届いた。丁度娘がお米を取りに来てたので半分渡した。急遽予定していたメニューを変えて鍋にして汁せんべいを食べた。せんべいと言うより麩に近い。鍋のダシを吸ったせんべいを食べると鍋全体を食べた気になる。娘も夫も何で八戸の人知ってるの?と不思議がった。30年以上会っていない。お互い会っても「どこのばあさんだ?」とわからないだろう。じっくり、積もる話のお礼状を書きたかったがそうもいかない(^^ゞ朝、出かける前に書けなかったので葉書を持ってでかけ、空いた時間に書いて道すがら投函。文面も用件のみ(^^ゞ

7th 春風〜。去年換気をさぼり、仏間の畳が少し黴た。その失敗をふまえ、今年はマメにするつもり。古い家の床下換気扇の設定を変えに行こうと思っていたが、忘れた(^^ゞ日々の家事は、些細な事の積み重ね。夫にしてほしい事が出たらすぐにメールして忘れる事にした。以前はメモしてカレンダーの横に貼っていたが、そうすると「まだやってくれてない」項目が嫌でも目に入り不足の種になる。「シロクマの…」応用(*^^)v以前は不自由になっていく身体に対していかにQOLを保つかに集中していた。今は心のストレスを減らす工夫を探している。

8th
 朝起きると汗をかいていた。暖かくなったから?寝汗?体調は万全ではないが、温かい外気に励まされて午前中に外仕事をする。去年までこの季節は八重の椿・レンギョウ・雪柳・ボケ…とほったらかしでも、毎年律儀に咲き継いでくれる花木が畑にあった。去年の今頃は来年も花を観る事が当たり前に思っていたが、今は跡形も無い。このめまぐるしく過ぎた一年を思う。

9th 朝、夫と見学会に出かける。能美市へも足を伸ばす。いくつか抱えていた?がすっきり(*^^)v 
夫が畑から、ホウレン草とブロッコリーをとってきた。冬を越したホウレン草は傷んでいるが、特別の甘さがある。ブロッコリーはメインの芽を摘んだ後でもう子房しかとれないが、深いグリーンは食べると身体も染まる錯覚になる。春だ〜!夫がシエンタのタイヤを交換してやろうかと言う。早まるな!もう一度寒波はあるはず。小さい頃、冬眠していた動物が慌てて目覚めて、遅い寒波に会う話を読んだ。あれは人間を暗喩していたのだろう。

10th やはり外出すると何かしら出くわす。消防車2台がいた。火事か?交通事故だった。フロントがぶつかった衝撃で開いていた。発火の怖れがあったらしい(^^ゞフロントの短い車に乗っている身としては、身震いした。おととい県内で事故が増えてるニュースを見たばかり。娘達の新居をやっと見に行く事が出来た。娘夫婦の新築祝い・婿の誕生日・夫の退職・夫の資格試験合格・私の仕事関係の事など…、最近のお祝い事全部ひっくるめて娘達夫婦とお祝いの昼食。口福と幸福のひととき。

11th 町内Oさんのお通夜に行く。受付の時点で何か段取りの悪いお通夜だなと感じる。遺族に挨拶して、町内の人らに混じって座ると、回りから色々話し声が聞こえた。「風呂で倒れて救急車で運ばれたけどダメやった。心筋梗塞やった」…という故人の情報。それは良いとして「こんなに(参列者が)多いのに何で狭い2階の会場にしたんや、1階空いとるのに。ケチったんか?そんな(会場費)変わらんはずや。駐車場満杯になるくらい来とるのに。(遺族は)シモタと思とるやろうな」…声には出さないけど、実は私も同じ事を思っていた。葬儀屋さんが何度も椅子を追加して並べていたが、それでも足りなくて、遅めに来た人は、小学校の授業参観みたいに後ろに立っていた。お坊さんの話が少しシニカルで面白かった。「皆さん、故人のためにおまいりに来てるでしょう?早う、おとなしく成仏してくれよ、と思ってるでしょう?お通夜や葬式は’命のバトンを『もらい』’にくるもんですよ。焼香は’一、二の三’でやって下さい。お焼香を体に染ませて、’ありがとう’と感謝の合掌してね。焼香の前におまいりするのは、ご飯食べる前に’ご馳走様’と言ってるようなもんよ。」

12th 下準備ができたので、後は一気に電子申告作成コーナーを利用して今日中には申告を終える筈だった。少し夜遅くなるかもしれないから、眠気覚ましの飲み物を夫に買って来てもらい、ねじりハチマキで臨戦態勢だった。が、決算書の減価償却で躓いた。何か迷路に迷い込んだ気持ち(^^ゞ オンラインで尋ねようにも、8時過ぎではもう遅い。税制・様式・入力フォームが毎年少しずつ変わっていく。いつまでったてもお茶の子サイサイにならない。

13th あさいちで、相談の電話をかける。若い職員のようだが辛抱強く1時間近くも、あれこれ私の言う数字を自分でも実際に入力して試し、一緒に悩んでくれた。結局直接の原因を見つけることはできなかったが、ヒントをいくつか得た。電話を切ってもう一度決算書を良く見直した。収入の1件に、月額は入れたのに年額を入れ忘れた1ヶ所を発見!ようやく申告書の作成にかかれた。が、そこでまたもやチョンボ!住基カードのパスワードを間違えロックがかかってしまう。首の治療から帰った夫が、そんな精神状態で車を運転して出かけるのは危ないとアッシー役を買って出た。予約を遅くしてもらった歯科と市役所へ連れって行ってもらう。が、夫は住基カードのパスワード設定の時、私がスペルを間違えたので横でイライラして見ていた。市役所じゅうに聞こえる声で読み上げるのではないかと、ハラハラした。そういえば電子申告最初の年、母の住基カードもパスワードを間違えて再手続きに行ったっけ。全然進歩してないなぁ(^^ゞ 午後には送信完了!明るいうちからお風呂を沸かして入った。3日振り。夕食は外食。とにかく申告を済ませないと、私の春は来ない。

14th 母をお見舞いに行く。姉に言われて毎日記録を付けているのだそうだ。退院してからは精神的にも落ち着いているようだ。が、元気になると毒舌が復活する(^^ゞ姉は子供達の事でもてんてこ舞い。
道路の電柱を畑に移設させてほしいと言われた。やっぱり女は舐められるのだろうか?「できるだけ隅っこの邪魔にならない所、敷地ギリギリで」と何度も念押ししたのに、置いて行った図面は境界線から40*70センチの内側だった。図面を見た夫が、市役所と北陸電力に電話して「話が違う!」と抗議すると、担当者はすんなり非を認めた。夫は「ただ平行移動させる工事は楽なのだ。敷地ギリギリは、下手すると手掘りしなければならないかもしれず面倒なのだ」と私に解説した。移動させてしまってからでは遅い。その先ずっと邪魔になる電柱を疎ましく思い、良かれと承諾した事を後悔しただろう。頼みに来た市の男性職員2人。北陸電力の便宜を図る手伝いをしているだけで、市民の立場に立っているので無い事が良く分かった。

15th 髪を短くする。美容師さんから「どんな風にします?」と聞かれて「同じにはならないと思うけど’剛力彩芽’さんみたいなベリーショート。」と答えると、彼女は笑いながら承諾。街中で輝くような美しい白髪の年配者を見かける度、ああなりたいと思ってじっと見てしまう。老いていく事に堂々と誇りを持ってさえいるように見える。今は白髪の分量が、イマイチ汚らしく、伸びてくると山姥状態(^^ゞカットしたらかなりさっぱりした。隣の席の人もカットしてもらっていた。カットのために髪を小分けにして止めてあった。黒鯛の子供時代みたいな黒と白のストライプ模様が頭に張り付いていてギョッとした。カットしてから染めるらしい(^^ゞ

16th 朝起きると、何ヶ所か関節が痛む。薬を飲んで休もうか迷ったが、夫がワカメを採りに行くと言ったので、久しぶりに海を見ようと付いて行って車内で昼寝した。夫と議論する時は、数字のように結果が○か×か客観的判断が出るときだけ本気でぶつかろうと思った。昼食は、新鮮なワカメのシャブシャブ。夫がエクステリア用品の下見に行きたがっていたので、行こう、行こうとせっついて、自分のほしかった園芸用品を買ってきた。夕食の準備は全部夫に任せた。これから毎日がサンデーの夫との付き合い方をお互いに模索している。

17th 先日娘夫婦から新型の空気清浄機をもらった。この機械のインジケーターが面白い。おおむね蓋を閉じておとなしくしているが時々興奮したように「ハウスダスト発見」の所が赤くなる。掃除機をかけたり座布団を動かしたりした時だ。赤く光っている時は、得意げに見える。思い当たる事が無いのに赤い時もある。機械屋の夫の分析によると「側にいるおまえを有害ダストのかたまりと認識している」そうだ(^^ゞ

18th 春の嵐。目立つ物は家の中に入れたが、入らない物が、風に倒れ引きずられた。風向きが変わると、雨粒の叩きつける窓の面が変わる。恐怖心と共にこれを無事やり過ごせば、春が来る!という期待と確信と喜びもある。長い冬を耐え、この嵐を生き延びた物だけが春の歓喜を味わえる。頑張ろう!リビングの窓から見える鳥や木々達にエールを送り続けた。パソコンで吉野の千本桜を見に行くプランを探しながら…なんてこったい。

19th 市長選の投票所の入場券が届いたが、昨日既に市役所に用事があってついでに不在者投票を済ませたので、不要品となった。不在者投票を済ませた時、待ち構えていた記者に捕まり色々質問された。出口調査で、開票前から選挙の結果予想が出るのは違和感がある。夫は普段からたいてい記者につかまり、その間に私は逃げるのだが、どんな質問をされるのか1回くらいまともに付き合ってもいいかと受けてみた。後でどんな質問を受けたか、「答え」でなく「質問合わせ」をした。私の方が質問が一つ多かった。夫は面倒な質問されても困る人だと記者に思わせる作戦に成功したらしい(^^ゞさすがベテラン!

20th 昨日のリベンジで兼六園の梅を観に行った。麻耶紅梅・白加賀…それぞれ手入れが行き届いて美しい。昼時を迎えたのと小雨が降ってきたので切り上げる。最初は、周辺でランチをと思ったが、駐車場のメーターが上昇するのが癪で、市街地を抜け、8号線沿いの駐車場のある店へ車を走らせた。8号線はやっぱり’8番ラーメン’だよねと、何年ぶりかで’8番ラーメン’に入った。夫が毎日サンデーで、花の季節、曜日に関係なく天気を覗って花見ができるのが最高である。さぁ、このシーズン桜・菜の花・チューリップ・サツキ・薔薇・藤…とおっかけがスタート!

21st 今朝の新聞でまた息子の同級生の母親が亡くなったのを知った。少年野球ではお世話になった。会社経営のおうちで奥さん業も、半端じゃなかったが、華やかにスカートの裾を翻し活き活きしていたのを思い出す。命の約束を誰があの頃知っていただろうか?いや、今も誰も知らない。第一地区コミュニティセンターの6月の予約を忘れていた事に気付いた。自分がその日生きてるとは知らない。が、今、出来る事を淡々とやるのが私。

22nd 午前にはリウマチ科へ、午後は仮の詰め物が取れて歯科へ。こんな春の美しい日が医者通いでつぶれてしまう事が惜しかった。歯科へ行くまでの束の間、近所の用事をわざわざ歩いて出かけた。帰り道、パン屋で買い物し500円玉を渡した。何故か500円以上のお釣りをくれようとした。「あれ?」と言うと、レジ係は間違いに気付いて私の掌の500円を取り上げ100円玉に替えた。その時気付いたようだ。私の指の変形に。今度は彼女があれ?という顔をした。今月末に歯科の治療が終わったら、4月から生物製剤を再開するだろう。

23rd
 朝一番に園芸店へ行く。店は開いていたがまだ準備がしっかり整っていなかった。夫は肥料を買い、レジで店のポイントカードと間違えて診察券を出していた(^^ゞ 私は花の種や球根を取り混ぜて買ってきた。グラジオラスはもう植え時だが、お盆の花にするのだったら6/5頃植えなさいと言われ、球根の袋に書き込んでくれた。この園芸店、少し高いが、裏で苗を育てており色々教えてもらえるし、商品の管理もしっかりしている。夫は帰宅後、春の畑仕事に出かけじゃが芋も植えたそうだ。私は家の周りの鉢の整理などをした。引っ越して3年、ようやく庭や花作りに視線が向くようになった。

24th 椿を見に奧能登へ。あと1週間すれば海浜道路がタダになるが花は待ってくれない。トイレ休憩も兼ねて能登空港へ寄る。観光案内センターみたいな所で、生の情報を仕入れた。昨日ネットで調べた神社でなく、「本光寺」を目指す事にした。ナビ任せで「本光寺」に行くと、外浦の辺鄙な空き地で終了してしまった。こんなはずは無い!海鳴りを聞きながらゆっくり走っていると「本光寺」の看板があった。急な坂道を登りプラドーを降りて、潮風と椿の花の香の道をよたりながら上がる。鄙びたお寺があった。『椿ふぇすてばる』。先にお寺に入った夫が「早く来い!」と急がせるので、靴もぬぎちらかして上がると、お薄の席だった。炉のある座敷に野点の立礼式の道具があり、地元の年配者の男手前だった。椅子席もあって座るとすぐに椿の花を模した塩饅頭が運ばれ、続いて抹茶もきた。受付で「御代を」と言うと「要りません」。夫が、横に並べてあった「椿寿司」を買おうと言った。狐につままれたような気分だった。お寺なのに、本堂は閉じたままで本尊さんも参らずお菓子とお茶だけ頂いて帰った。車に戻り、海岸線を少し走ると、どこでも見かけるありきたりの「椿祭り」をやっていた。あのお茶席は一体何だったのだろう?夢?椿展望台で「椿寿司」を食べる。赤い椿の花を丸ごと甘酢漬けしたのが寿司飯に乗っている。椿の葉が添えてある。海を見ながら、素朴な味を口にする。夢じゃない。

25th 姉が甥の長女誕生の内祝いを持ってきた。来月からアメリカに留学する姪も一緒に来た。右手にギプス。舟状骨を骨折していて本来なら手術した方が良いのだが、時間が無いのでこのまま行くのだそうだ。うちの夫も退職したし、姉達も姪が渡米すれば一段落で、夫婦二組食事をしようと姉が言い置いていく。

26th
 娘が夕方寄る。夫が台所に立っていて、私が先に食卓に座っている様子に目を丸くしていた。そしてやおら、「普通生命保険てどんなもん?」と聞き始めた。先日来、何か胸に持っているなと感じていたが、それだったのか。夫にしては珍しく断定的な物言いで、娘に人生論を語った。私も夫のそんな気持ちを初めて直接聞いた。娘の表情も来た時より明るくして帰すことができた。夫は娘が相談してくれた事をとても嬉しがっていた。

27th 午前は公式の手続きに関する面談。面白いのは、権利証が電子化されてはいるが、その始末は人の手による手作業でなり立っている事。「こよりの結び方で誰の仕事かわかる」と聞いたときには、一気に明治時代に引き戻された気がした。午後は外で体を使う作業。最近は、ゆったりした時間の区割りで暮らしている。追いかけられる夢を見なくなった。

28th 歯科へ。レントゲンで治り具合を確認してから治療が進む。何回も「もう痛みは感じないのですよね」とも確認される。何回も聞かれると、何か少し痛い時もあったかな?と自分の感覚が揺らぐ(^^ゞ感覚や思いの領域は、自分のでありながらそうでないような…
名鉄エムザの「相棒展」を見に行く。お目当ては角田課長がいつも持っているパンダの珈琲マグ。杉下右京の紅茶カップセットもあったが、ドラマで最初に見た時からパンダマグがほしかった。買って分かった事:パンダが何故底を覗き込んでいるか?底には笹の葉の絵があった。

29th 明日出かける予定で、今日できる事をできるだけ済ます。夫がアッシーをやってくれるのは助かるが、細かい地理が分からない。地名や固有名詞を覚える気が無い。小松天満宮を何回言っても「牛の神社」と自分のオリジナルな名称で言う。耳が遠い。聞き間違える。ひとつ済んだら次を言わないと、勝手に2つの事柄を結びつけて、どっちつかずの結果をもたらす。もう一度子育て時期のような忍耐力が試されている(^^ゞ

30th 
近江富士花緑公園へ出かける。一般の人が記念日に植えたらしい桜が七分咲き。何の記念に植えたか札を読むのが面白い。ピンクの濃い種類。隣の植物園も面白かった。古い家から持ってきた古い水瓶がある。寄せ植えの鉢にして、芯に花木をと考えていた。ミモザは昔から憧れの花だ。が、本物の地植えのミモザを見て考えが変わった。高さは3メートルくらいは有りそう。枝先に黄色の可愛い花を付けているが、とうてい視線も手も届かない。花束のミモザから想像していたイメージとは程遠い。サンシュユが4,5本並んで咲いていた。こんな黄金の塊ははじめて見た。美(うつくし)松という建築材にはなりそうにないカリフラワー型の松の木が並んでいた。帰りに芦城公園横を通ってびっくりした。丁寧に植樹してあった。

31st 朝起きると体が重い。ベッドから起きる時、手摺を握る手の指が強張っているのが分かる。階段を下りる時、自分では膝を曲げているつもりが、意志より遅れて曲がるのでステップを踏み外しそうになる。ウェストポーチのバックルをサッと外せなくなった。リウマチの治療を休んで4ヶ月、リウマチがぶり返している。佐村河内守のCDを買った。私にとって、彼の音楽に当る物は何だろう?

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