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2nd 男女共同参画の活動に関わっていた時、ずっと頭の底に変や変やとへばりついていた事がいくつかある。ネットの記事を読んで、やっぱりねと思った。データやグラフは恣意が加われば、全然違う解釈になる。今ここで、リウマチの標準治療にも頭の中で「変や変や」の大合唱が聞こえる。一方で私のリウマチはまたムックリ起き上がろうとしている。自分でどうにもならない事は、柔らかくなってただ流れに身を任せるが、リウマチの治療はあくまで「自己選択・自己責任」が建前だ。
7th ダウンしていたが、今日は少し気分が良い。久しぶりにパソコンに触る。そしてまた会者定離の非情な摂理に出くわす。さざなみさんのブログが最終回になっていた。最初、前々から老い支度の一環でブログを閉じる予定は知っていたので、想定内の事だと思い読み始めて驚いた。息子さんと娘さん達の、さざなみさん死去の代書による挨拶だった。すぐに信じられない。冗談か?と目をこすり更新ボタンをクリックしたが、画面は変わらない。
8th 色々頑張り過ぎるのは執着の裏返し。休み、休みが丁度良い。頑張ると夢や目標が叶うと幻想を持ってしまい、現実とのギャップに煩悩を募らせる。今回ダウンしたのには、体力ももちろんだけど、精神的に消耗していて、それが自分でどうにもならなかった。これが迷いの世界というのかな。新聞に「迷開転悟」という素敵な言葉を見つけた。9th 母から仕事を引き継いで以来、普段からもっと中身を『見える化』しておきたいと思っていた。が、実際には目の前に次々起きてくる事柄を処理しているのが精一杯だった。結局母と同じで、普段はどんぶり勘定でお金を回し、大雑把な記憶と感を基に選択と決断をしている。夫がパソコンで私の記憶の見える化を手伝ってくれると言う。夫の前に過去の資料を山積みし、他の事ができる!と喜んだのも束の間、10分おきに夫からこれは何?の質問が来る。即座に記憶を手繰れる物はまだしも、更に資料を追加して、それでも分からなくて頭を絞るように思い出して…夫にうまく説明できない事は自分が本当にわかっていない証拠。若い頃の家庭教師の経験を思い出す。本当にわかっていないと生徒に分かるようにはできない。この見える化作業は私達にとって、確かな前進になっていると思う。
10th これまで安近短で桜を追いかけてきた。が、吉野山の桜を見ずして桜を語って良いものかとばかり、旅行社の”日本一!「世界遺産」吉野山の千本桜/3食おやつ付き”というお手軽日帰りコースを申し込んだ。前日吉野山の様子をネットで調べた私は期待がしぼんでいた。案の定、桜より人を見に行く結果となった。夫はどうもうるさい女に付きまとわれる運命にあるらしい。バスで通路を隔てた隣の女性達のおしゃべりに閉口して、私に席を代われと言ったが無視した。夫には会社人間から、世間人間になるリハビリをしてほしい。金峯山寺が秘仏の本尊の特別ご開帳をしており、丁度境内では修験者の護摩炊きの時間に当った。迫力があった。太鼓のリズムは心臓の早鐘の様だった。呪文の様なお経を唱える山伏姿の大半が女性だった。
11th 昨日の桜が物足りなくて、悪天候の隙間を突いて芦城公園の桜を観に行った。人影の無い公園の水を含んだ苔の上に雪の様に散ったたくさんの花びら。それだけでも風情があったが、時々それらが枝から散る花びらと共に風に舞うのは幻想的だった。時折射す光に水の雫がきらりと煌き、つくづくこれが私の黄金や宝石だと感じる瞬間。夫も誰にも邪魔されず、好きなだけシャッターを切っていた。遠くの名物桜より近くの馴染みの桜です(^^ゞ
12th 歯科へ。来週からリウマチの治療を再開する予定だと伝えると、歯根の炎症が再燃しても治療をしやすいような造りにしておくと言われた。
午後遅れていた面談終了。ひとつひとつ書類を確認しながら手渡される。返済や抵当権については、夫と私と二人で説明を聞いたはずなのに、今確認されてはじめて、そういう事なのかと知ったことがたくさんある。その後、約款などを改めて読み直した。やはり物事はやりながらでないと理解できない事が多い。用語一つとっても、チンプンカンプン(^^ゞ13th 朝起きると全身の強張りと痛み。新聞を取りに行くのもパス。体が重く午後のおしゃべり会の用意がささっとできない。昼ごはんは早めにお好み焼きを作る予定だったが、こんなに動作がノロくては間に合わない。叔母がお祭りだからと赤飯のお裾分けをくれた。オーマイガッ!!神様、ありがとう!そうか、町内の神社の春祭りだった!留守中に獅子舞が来ても大丈夫なように御花を夫に託しておく。夫は一輪車で、物置のタイヤを鍵のかかる古い家の玄関へ移していた。昨夜の有線放送でアルミホイールのタイヤの盗難の注意があった。
14th 今朝も起きるのに苦労した。40年前の発病の頃を思い出す。鎮痛消炎剤を飲むとじわじわ効いて来るのがわかる。本当に病勢が盛んになると鎮痛剤がただのお菓子感覚になってしまう。薬がきいてきたのを見計らって、神社へおまいりに行く。「足が悪くて座れないので行儀悪いけど立ったままで済みません」と御神燈の封筒を渡して来る。風が強くて旗木の旗はしまってあった。昔、旗の文字が読めなくて近所の人に尋ねたら、紙片に楷書の当用漢字と意味を書いてくれた。あの人は既に鬼籍だ。今そんな事をできる人がいるのだろうか?読めるか、覚えているか、自分を試したかったのにちょっと残念。
15th 夜、お風呂上りに何気なくテレビを見ていた。金沢でサラブライトマンのコンサートがある!!瞬間、私は日付と場所を覚え、夫は先行予約の電話番号を覚えた…はずだった…メモに書く前に私が話しかけたので飛んだのだそうだ。それから俄然張り切った。ネットで検索して探り当てた。翌日の昼間に申込み完了!3年くらい前にもコンサートがあった時は、済んでから気付き、又たとえ良い席が取れてもとても行ける時間や気持ちの余裕も無かった。夫曰く、サラブライトマンの声も一時の透明感が無くなってきているから、今聴いておかないと…。夫は昼間の作業で疲れてうたた寝していたし、私は痛み止めを飲まずに夜を迎えてヘロヘロだったにも関わらず、コンサートの件で二人とも元気が出た。当日までに体調を整えるぞ〜。
16th 先日吉野山で買ってきた桜の線香を仏壇に上げようと火をつけたところ、ものすごく元気な火が付いてしまった。丁度その前に香炉の灰を少し捨てておいたので何事も無かったが、いつものようにてんこ盛り状態で点火していたらと思うと冷や汗が出た。そう思うと、私の身に起こることは、不都合では無く、案外ぎりぎりのところで、気がつかない内にセーフの範囲で回っているような気がした。
17th 英会話で、センター使用にあたり、メンバ−全員の住所や電話番号の提出を求められ、それは誰でも閲覧できる状態にあるとはじめて知った。数年前からそうだったそうだが、事務所に名簿を届けるのは良しとして、閲覧できるのはどうかなと思う。同じ施設でもリウマチおしゃべり会の会場は、会場使用に当っては細かい注意を受けるが、名簿云々と言われた事はない。管理会社の方針なのかセンター長の判断なのか…
18th いよいよ朝食が食べ辛くなった。右手に持った箸を口に持っていっても届かない。左手を添えてはじめてご飯が食べられる。明日オレンシアを再開するにあたり、ビビリ虫を小さくしておこうと思った。今日できる用事はなるべく済ませておこう。そうすることで心のキャパシティーが増えて、余裕ができる気がする。夕飯はヒレ肉のトンカツを揚げた。まるで勝負の前夜である(^^ゞ
19th オレンシアを再開。予めアレルギー予防対策後点滴。待合室でリウマチのHさんに会う。生物製剤を勧められ、迷っていた所、主治医からご主人を連れてきたら説明するよと言われ、余計悩みが増大した様子。なぜならHさんの夫はリウマチの治療なんぞ興味はなく、薬の話は門外漢。どこも似た様な話だ。うちも万が一の時に備え、大事をとって夫にアッシーを頼んだが、待ってる間、夫はカメラを持って近くを散策し、ちゃっかり蕨やアブラコシまで採っていた。午後は静かにしていた。どうやら第一関門は抜けたよう(*^^)v
20th 再開1回目からすぐにオレンシアが効くとは思っていないが、何かオレンシアをはじめて受けた時の体の感覚が蘇る。からだが平衡を保とうと、私の知らない所でフル回転しているような感じだ。今日は鎮痛剤を飲まずにその感覚を味わおうと思った。椅子からの立ち座りがぎこちない。トイレに時間がかかる。が、久しぶりにとっくり自分の病気と向き合った満足感があった。21st 読みたい本がある。Amazonで買おうか、図書館で借りようか迷った。痛みがある時は、本を片付けるのが大仕事になる。本はどんどん増えている(^^ゞ図書館の蔵書検索をかけたら、すぐ借りれると分かった。予約した。後日丁寧に貸し出しの用意ができたと電話連絡があった。受けたのは留守番の夫であったが、そんなややこしいい手続きを踏んでまで、本を読みたい気持ちがわからないらしい。本を読むことは私にとってストレス解消なのだが、夫にとってはストレスそのもの。
22nd 久しぶりにプラドーで夫と山麓をドライブした。プラドーの乗り降りがものすごく大変!暫くおとなしくしていたための廃用症候群か、リウマチの病状悪化か?奥獅子吼から金沢へ抜ける道を走ってみたかったが、まだ通行止めの柵があり、残念。しかし途中の林道は昨日の冬型でまた雪が降ったらしく、融け残りの黒ずんだ雪だけでなく、山肌にはきれいな雪が残っていた。山桜と芽吹いた広葉樹の新緑のコントラストは、いくらテレビ画面が進化しても、出せない色だろう
23rd 夫と春植えの苗を買いに行ったが、お店の人から今植えたら、ビニールの覆いをしないとダメだと言われて、アスパラと菊の苗だけ買ってきた。”今でしょう!”という塾のCMのコピーが全盛だが、”適期を待ちましょう!”というのも有りだ。閉店間際の銀行に行って、窓口で複数の用事を片付けている間に閉店時間になってしまった。シャッターが閉まり、窓口の誘導で、外に出してもらったが、私が外に出るまで窓口の人の顔には責任があるんですと書いてあった。喉が渇いていたので販売機で飲み物を買いたかったけどやめておいた。タイミングがチグハグの一日だった。
24th 昨日銀行から支払い分のお金をきっちり引き出し、封筒に入れて、そのまま持って出たのに、100円玉ひとつ行方不明。後でバッグの底から出て来たのだが、こんな時、全部振り込み形式にしたら楽だろうなと考えてしまう。そしてすぐに打ち消す。お金のやり取りをしながら、ちょっとした世間話をしたり、相手の視覚的情報を得たり、記憶をそんな風景と共に刻んだり…これが私にとっての本当の仕事だと思う。並んだ数字だけを見て予測や判断するのがどうも苦手だ(^^ゞ
25th スーパーからスナップエンドウを買って来てしまった。母が畑をしていた時は、この季節はサヤエンドウ・剥きエンドウ・スナップエンドウと並び、続いてソラマメ・枝豆・千石豆・ササゲ…と畑には豆類の花や実が絶えることが無かった。お陰で豆は買う物でなかったし、豆嫌いになった。豆は棚を作ったり、毎日採りにいかないと弱ったり病気になる。鞘から出す手間もかかる。手の痛い頃は仇のように思えた。作らない事にした。スーパーでパックを持ち上げた時、大げさだが都会人になった気がした。
26th ここ数日、朝は鎮痛剤が不可欠になってしまった。動こうとすると、全身の関節が一斉に不協和音を奏で、脳に痛みの信号を送る。で、読書三昧する事に。『正義で地球は救えない(池田清彦×養老孟司)』『清陰星雨(中井久夫)』『予想どおりに不合理(ダン・アリエリー)』。読書三昧だからという訳でないが、3冊を手元に置いて、給食の三角食べ見たいな読み方をしている。
天気予報で雹が降るかもしれないと言っていたので待っていた。雹でなく霰が短時間降った。雲が雹ができるほど厚くはなかったようだ。が、丁度その時外を歩かなければならず、参った(^^ゞ27th 種と容器がセットで、台所に置けるコリアンダーの芽が出た。おもちゃみたいでホントに発芽するのか怪しんでいたが、小さな緑の葉を見た時は嬉しかった。今まで直まきして成功した試しが無い。植木鉢に20粒位蒔いてやっと1本おいついた年もある。1年目、採る時期を逃して種になってしまったので、種を保存しておいて翌年蒔いたが、全然芽が出なかった時もある。今年こそ食べられそうな気がする(*^^)v
28th 先週届いた「流295」に昨年亡くなった島田廣子名誉理事長が昭和35年の創刊号に載せた文章の再録が出ていた。私の発病はその10余年後で、まだステロイド全盛の頃だと思うが、コーチゾンを生物製剤という言葉に置き換えて、その文章は今もなおリウマチ事情を反映している。そしてその後に出てくる「患者の個性、医者の個性(山田治基)」に心に残る記述があった。’患者の病状、個性に合わせた真の個別治療’今、正に私が求めている物はこれ。前半の都会の患者と地方の患者の差異についての印象には、何年か前に会った能登地区のリウマチさんを思い出した。病状は軽くない。痛みもある。手の変形もかなりなものだが、決して絶望してはおらず、愚痴っぽくもなかった。山菜を採るのが愉しみで、あの体でどうやって山を歩けるのか不思議だった。彼女は自分と折り合う本当の智恵で自分の幸せを感じて生きてるように見えた。今の友の会ではもうめったにお目にかかれないタイプだ。体調が悪いこの時期に彼女を思い出せたのは、私の幸せだ。