整形外科におけるうつ病(整形外科からの症例紹介)

福島県立医科大学 症例 (Liaison 2005.6.26 vol.10)

紺野慎一(福島県立医科大学医学部整形外科学講座助教授)

座長 佐藤智子(保原中央クリニック)


腰痛とうつ病の関連性

昨年、腰痛の患者さん1万人を対象に、インターネットで『腰痛とうつ病の一般的アンケート調査』を行い、『腰痛との合併症』について検討しました。その結果、腰痛の患者さんで、うつ病と診断されている患者さんが約10%存在していることが判明しました。腰痛とうつ病は深い関連性があり、診断されていないうつ状態の患者さんも多いと考えられます。また、うつだけでなく精神医学的な問題を抱えている患者さんも多いと予想されます。

私たちは以前、腰痛モデルを提唱しました。腰痛があるとQOLが低下し、QOLが低下すると身体機能や精神機能といった総合的な健康観にも障害が生じます。ここに強い関連性があると仮説を立ててアンケートを実施しました。「いつも落ち込んでいるか」という質間には、落ち込んでいる人ほど腰痛関連のQOLが障害されているという結果が得られました。不安に関する質問では、「いつも不安を感じている」人ほど腰痛関連のQOLが障害されていました。仕事に関する質問では、「いつもと同じように仕事ができない」と答えた人ほどQOLが障害されていました。この結果から、整形外科では、腰痛は様々な因子が関連しており、精神医学的な問題や社会背景が痛みに関連していることが判ります。

整形外科では慢性腰痛の患者さんカ努く、丹羽先生をはじめ神経精神科の先生方とリエゾンカンファレンスを月1回行い、ご教授いただいています。本日紹介する症例は、リエゾンカンファレンスで検討した結果、精神的問題が痛みに関連していたと考えられる例です。

症例

72歳女性

主訴:腰痛、両下肢のしびれ

現病歴:2年前に腰部脊柱管狭窄の診断により手術。1年前、2度目の手術。3ヵ月前、3度目の手術。術後も腰痛が改善せず、手術を希望して当科へ来院した。

■X-2年第1回目の手術

初診時の単純レントゲン像(写真1)を示す。脊椎に加齢性の変化が認められる。すなわち、椎間板の間隔が少し狭小化し、骨棟の形成がある。MRI画像(写真2)では第四・第五腰椎、第三・第四腰椎の二つの椎間で神経が圧迫されており、腰部脊柱管狭窄症と診断された。そこで、狭い部分の骨を取り除き、神経の通り道を広くする手術がA病院で行われた。手術により、二つの椎間での神経の通り道が拡大した。

■X-1年第2回目の手術

第1回目の手術後、主訴の一つである間欠破行は消失したが、腰痛が残存した。この腰痛がひどく、B病院を受診した。B病院では、第三・第四腰椎間の腰椎のぐらつきが痛みの原因であると診断され、第三・第四腰椎を固定する手術が施行された。

■X年Y・3月第3回目の手術

第2回目の手術後、腰痛が悪化し、歩けなくなってしまったため、もう1度原因を調べて手術することを希望し、C病院を受診した。

C病院では、2回目の手術で第三・第四腰椎は固定されたが、第四・第五腰椎のぐらつきが
腰痛の原因であると診断し、金属を併用してがっちり固定する手術(写真3)が行われた。

■X年Y月当院を受診

第3回目の手術後、腰痛がさらに悪化した。下肢のしびれと冷感が新たに出現した。そこで、4度目の手術を熱望し、当院を受診した。

■カンファレンス

整形外科の立場から、3回の手術が行われたにもかかわらずなお腰痛が改善しない原因を検討した。

<考えられる因子>

  • 患者が病状に固執したこと
  • 手術で症状は改善するという医師の思い込み
  • X線学的不安定性は症状に関連するという思い込み
  • 手術前に社会背景や心理的要因を十分に把握していない

丹羽先生にお願いし、患者の社会的背景を詳しく調べていただいた。

■判明した患者の社会的背景

  • 現在一人暮らし
  • 子供は21年前に死亡
  • 夫は38歳で自殺
  • 夫が死亡した後は一人で食堂を経営

■神経精榊科とのリエゾンカンファレンス

心理的因子として、身体表現性障害とうつ状態があると診断され、手術前にこのような心理的因子を明らかにする必要性を痛感した。

■BS-POPを活用する

福島医大では丹羽先生を中心にBS-POPを作成し、患者に精神医学的問題があるかどうかを確認するスクリーニングとして使用している。

本症例では、医師用が17点、患者用が21点と高得点であった。治療は神経精神科の先生方から指示を受け、支持的精神療法、デプロメール(抗うつ薬)の投与、バルプロ酸ナトリウムの投与、兄弟による支援、整形外科として歩行演習を積極的に行うリハビリテーションなどをその内容とした。

治療開始後1ヵ月で腰痛の改善が見られ、歩行能力も改善した。さらに患者の手術に対するこだわりも改善した。

■現在

本症例は、手術を行う前に、患者の精神状態や社会背景を検討する必要があった症例と考えられる。

MRIの所見に固執せず、保存療法でもう少し粘る必要があったと思われる。外科医はすぐに切りたがる傾向があるが、手術に対する過信があるのではないかと反省する必要がある。手術し
ても症状が改善に結びつかないケースも少なくないからである。

MRIで狭窄像が確認されても、痛みを訴えない患者は多いことにも留意する必要がある。以上の点を考え合わせ、まずはスクリーニングを行い、精神医学的な問題あるいは社会背景を明らかにする必要があるといえる。それらの因子が病態に関与していることが明らかになった場合は、その因子を解消する努力を行うアプローチが必要になると実感している。

質疑応答

■質問

  1. 整形外科医から手術を勧められた患者さんへの対応の仕方は?
  2. 心理的治療法はどのように行われるのか?

フロア 私どもの施設に来院する患者さんは、もともと精神に疾患があり、その治療の途中から腰痛の治療で整形外科を受診するというパターンが多いのですが、患者さんによると、整形
外科医から手術を勧められたという話をよく聞きます。主治医としてどう対応すればよいでしょうか?また、整形外科には腰痛を主訴とする患者さんの手術施行についてガイドラインがあるのですか?

紺野 ヘルニアの手術に関するガイドラインは、昨年、日本整形学科学会によって作成されました。明らかな麻痺がある、直腸膀胱障害がある、お尻の感覚が鈍くなっているなどの馬尾障害の場合には、手術適応とされています。それ以外の症状では、絶対的な手術適応はなく、コンセンサスも得られていません。高齢者に多い腰部脊柱管狭窄は診断基準すらできていませ
ん。ですから、病院によって手術するしないについて見解の相違があり、整形外科医の間でも十分なコンセンサスが得られていません。外科医から手術を勧められた患者さんへの対応ですが、手術は考える必要はないだろうとお話してください。最近では、腰部脊柱管狭窄は手術しても簡単に改善する症状ではなく、手術前に保存的な治療に取り組んだほうがよいのではないかいう考え方になっています。とくに精神医学的な問題を抱える患者さんの場合、手術して確実に治るという保障はないので、手術適応は慎重に考える必要があります。

桃生 心理的治療がどのように施行されるかもぜひ知りたいところです。自律訓練などのリラクセーション、痛みの程度を記録してかつ好ましい行動(痛みを軽減する行動)に強化を加え
ていく行動療法的アプローチ、カウンセリングといった手法について、精神面の治療をご担当の福島県立医科大学医学部神経精神医学講座の増子博文先生にご報告いただければ幸いです。

増子 整形外科から神経精神科を紹介されてすぐに精神病理が明らかになるケースは多くありません。精神科に通院し始めて半年後に初めて心理的問題の核心を話してくれるケースは多々あります。とくに難治例ほど、治療開始後、数ヵ月経って精神的門題を自ら述べるといったことが往々にしてあります。精神科治療は、長期間を要するのが大前提になっており、十分な
心理的治療期間を取れる枠組みを作るのに苦労します。治療の中身については特別なことはしていません。長期間にわたる受容的な傾聴を基本にカウンセリングを行っています。

丹羽 紺野先生や増子先生も参加するリエゾンカンファレンスでは、患者さんが痛みを強く訴えるに至ったストーリーをどのように理解すれぱよいかを中心に検討しています。重要なのは、人格的な特徴は何かをよくディスカッションし、その上で心理的治療をいかに行うかを判断していくことと、薬理療法について相談することです。患者さんの痛みを遷延させている要因の具体的な解決のためにケースワーカーにサポートしてもらうこともあり、生活の保障についての具体的な話し合いも、頻繁に行われています。心理的治療法に加えて、生活面の問題解決にも力を入れます。


(加茂)

脊柱管狭窄症の画像:画像所見は症状とほとんど関連性がない

診断上の分類の影響:エビデンスはどこにあるのか?

脊柱管狭窄症の回復は面像診断上の変化と相関するか?

加茂整形外科医院