ニイハォ 中国! 
 朝の散歩 目を覚まして窓を開けると、ホテルの従業員が中国の国旗を揚げていた。少し曇っている。大通りの朝の出勤風景を見に行った。今日からお休みに入る仕事場も多いそうで、バス停はそんなに混んでいなかった。いつの間にかホテルの裏門に来ていた。このまま裏門から入って中を突っ切った方が早く帰れる。守衛が立っていた。下手な中国語でどういうかと考えてる間に、夫が部屋のカードキーを見せて、宿泊客だから中に入れてくれとジェスチャーした。通じた!守衛はどうぞという仕草をした。言葉より確実な方法があったんだ!ホテルの裏側は少し壁が崩れているところがあり、そこからブロックがのぞいていた。中国の建物は鉄筋コンクリートよりブロックの上からモルタルを塗ったものが多いそうだ。
 

 故宮 まるでカーチェイスするみたいに混雑を縫って北京の中心街へ向かった。少しは左ハンドル・右側通行には慣れてきたが、まだ行動パターンには慣れない。人がセンターライン上にずらりと並んで、あと半分道を渡るタイミングを見計らってる。車の右折は常時OK。だから歩行者も自転車も信号は関係なく、自分の責任で車をよけて渡るしかない。思わず「危ない!」と叫んでしまうシーンを目撃するのだが、当事者達は知らん顔でニアミスを繰り返しながら交差していく。中国ではクラクション無しでは運転できない!夫達が会社の方針で、車の運転は禁止されているのもうなずける。
車でぐるりと堀を一周してから入り口へ行く。陳さんは知り合いを見つけては二言三言話し、結局チケット売り場の列には並ばないで、スタスタ中に入った。ガイドの間では裏技があるらしい!トイレから出たら丁度、4列に並んだ衛兵の一団が行進してくるのに出会った。体格も動作も揃い、赤っぽい塀の色にモスグリーンの制服が映えて美しかった。私たちは喜んで何枚も写真を撮り、中国人達も手を叩きながら見ていた。衛兵達は脇に本と折り畳みの腰掛けを挟んでいた。最後尾の1人が本を落とし、慌てて拾い上げ走って列に付いていった。見物人からドット笑いがおこった。さらに紅いヤッケを着た中国人観光客が、おどけてその後について行進し、また笑いが起こった。
故宮は映画「ラストエンペラー」の印象が強い。陳さんは色々説明してくれたが、知識の浅い私は、質問魔になって「アレ何?」「どうして?」を繰り返した。中国人の修学旅行らしい小学生のグループもいて、所々混んでる場所があった。女の子の足を踏んでしまい「対不起!」と謝った。彼女はびっくりしたように顔を向けただけで何も言わなかった。土産物店に寄った。今まで周りから聞こえてくるのが、ほとんど中国語か英語だったのに、ここだけは日本語ばかりが飛び交っている!ラストエンペラーの甥っ子に当たる人が、書を書いて売っていた。それを買った日本人が、並んで記念撮影をしていた。私もここで母への土産に筆を1本買おうと思った。変な値段交渉だった。私が並んだ筆を前にして迷っていると、日本語を話す店員がいきなり「いくらまでなら出す?」と尋ねてきた。元では感覚が分からないから「1万円くらいかな?」と言うと何本か出してきて「みんな1万5千円以上はする品。1万円にしておく。円で払えばいい。こっちは○○の毛でこっちは○○の毛だ。」と言われた。筆の価値がよく分からない。が、買う気で手に持って見ていると、夫がそばに来て「9000円にして。」と言った。店員はあっさり「いいです。」となり、1万円払って千円を受け取った。なんだか狐につままれたような気分だった。
外は雨が降り出していた。店内で日本人ガイドが「さぁ皆さん、今から万里の長城へ向かいましょう!」と団体客に大声で呼びかけていた。え?この雨の中を?きのう天気に恵まれた私は、気の毒な思いで日本人団体客を見送った。

昼食は早めに通りのレストランに入った。ここはテーブルに最初からナッツのおつまみが置いてあった。これなら少々メニュー会議が長引いても気にならない。BGMも日本の歌謡曲が流れていた。宋さんが自分の大好物を注文した。生きた川エビを酢のタレに薬味と共に漬け込んだものだ。蓋付きのガラスのボールに入っていて、蓋を開けるとエビがピチピチもがいてしぶきが飛んできた!夫は「これだけは食べられない!肝炎が怖い。」と言い、私たちは遠慮した。宋さんはおいしそうに殻を山積みにして食べていた。初めて食べるという陳さんもおいしそうに食べていた。私は煮込んだ鶏の団子のスープを食べながら、日本でそれを食べさせてくれる店がないのかな?とあきらめきれないでいた。

 故同巡り 雨が上がった。私が北京で一番したかった故堂巡り。陳さんが連絡とって四合院にも入れることになった。紅いベストと白い帽子の車夫が引く力車に乗った。覆い被さるような青い柳の路地や、毛沢東の故居、道端の野菜売りなど、私はうれしくて仕方がないのだが、隣の夫は「何でこんな古くさいゴミゴミしたとこがいいんや?こんなとこなら南通にもあるぞ。」とつまらなそうだ。私は取りすました観光地より、土地の人が生活してる場に、より興味がある。玄関先で歯を磨いている30代くらいの女性がいた。ゴロゴロうがいをして、ベーッと道に吐き出した!中に入れないが格式の高い四合院に寄った。車夫が玄関脇の石を指さして、馬に乗るための台だと説明した。台に乗って昔の人の気分になる。玄関の石段が5段なのも身分が高いことを表しているという。猫がいたので頭をなでて、毛足の長い中国猫にも挨拶した。
中に入れてもっらた四合院は想像していたよりかなり狭かった!中庭に大きな鳥小屋があり小鳥がさえずっていた。今は3家族で分割して住んでいる。東側に住んでいる陳さん夫妻とマルチーズと思われる犬が迎えに出てきた。応接間に通された。橋本元首相がここを訪問した時の新聞記事を棚に入れて飾ってあった。さっきまで不平顔していた夫が急に目を輝かせて、家の中を眺め回している。朱塗りの衝立や棚に飾られた骨董品。天井からぶら下がった鳥籠。そして極めつけは、旦那さんがセーターの下から出してきたヒョウタン!中から太ったコオロギが出てきた!どうやらとても高い物らしい。自慢げに見せてくれた。お茶を勧められてお代わりして飲んだ。この「これぞ中国!」という調度品が並ぶこの部屋に、テーブルセンターが日本のキャラクター「ぽちゃっこ」の絵がらなので、吹き出しそうになった。マルチーズはとても愛想が良くて、「おいで。」と日本語で言うとすり寄ってきて膝に抱かれた。中国で一番愛想が良かったのはこの犬だ。別々に夫婦の寝室があり、近代的なダイニングキッチンがあった。夫はそこで洋酒の瓶を見つけると、旦那さんとボディーランゲージで酒の話をした。お互い酒好き、話が合うらしい。旦那さんは「一杯飲むか?」と言う身振りをした。とんでもない!

 北京最後の夜 今夜は四川風の店。今度は食べられる茹でた「エビ」。「豚足の煮込み」「豚舌のハム」「キュウリの漬け物」「野菜いため」四川という割には辛くない。いくらでも食べられると思っていると、向かいで辛い物が苦手な宋さんが汗を拭き拭き食べていた。この店の小姐が来ているのは藍染めのチャイナ服だった。「あれいいな、欲しいな。」というと、陳さんが明日藍染めの店へ案内すると言った。
運転手の宋さんは、昼間はちゃんとスーツを着て、寡黙で、いかにも仕事してますという感じだが、夜アルコ−ルが入るとおしゃべりになる。うちの夫に劣らず飲兵衛である。賭け麻雀をしていて警察に見つかり、3000元もの罰金を取られた話をした。仕事が忙しくて、なかなか家には居られないけど、お金が儲かるから、奥さんは大喜びだと、耳の横で手をくるくる回すしぐさをした。それは日本では「バカ」の意味になると言うと、驚いていた。陳さんに通訳してもらいながら会話するのでちょっともどかしい。もっと中国語を勉強して、陽気な中国人と会話が出来たらいいなと思った。
陳さんは理工大に入ったのに、軽い気持ちでガイドを始め、それが長くなったしまったのだという。将来ずっとガイドをやりたくはないのだが、日系企業は今不況で、就職口が無く仕方なく続けているという。そうは言っても身につけている物は良い物ばかりだったから、収入は良いのだろう。子供の学資で目いっぱいの私達より、はるかに余裕がありそうだった。。

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初めての中国。.「あら〜!」と「あれ〜?」の旅
<4/28 第3日>北京観光(故宮・故同巡り)→燕翔飯店泊