南通散策 夕食は会社の中国人社員、陸さんと彼の奥さんと一緒にご飯を食べる約束になっていた。夫は「陸さんはエリート大学を出て、3カ国語を自由に操り、奥さんも写真で見たらスゴイべっぴんだ。」と言っていたので、会うのが楽しみだった。早朝、電話がかかってきた。昨夜、私達が社長さんに会ったことから、こちらに残ってる日本人みんなで食事をしようという話に発展してしまった。陸さんに慌ててレストランの個室を予約してもらった。この時期は中国では結婚シーズンで、レストランを予約するのは大変みたいだ。

夫が冷凍しておいたご飯を解凍し、日本から持ってきたインスタントラーメン1袋、昨夜スーパー(日本のスーパーと全く同じ形式の店)から買ってきた瓶詰めの漬け物で朝食を済ませた。水道は出るけど、口に入れる物はみんな、ペットかタンクの水を注がなきゃならないのが、結構面倒だ。
コーヒーを飲んでのんびりしてたら、メイドがそうじに来た。「まだあんまり汚してないから、手抜きできでいいよ。」と言いたいけど中国語でどう言ったらいいか分からない。かろうじて、使ってない部屋を開けようとしたときだけ身振りで伝えた。バスルームの掃除から出てきたメイドがトイレを指差して謝っている。「あ、それ昨日私が壊したの。水を流すレバーを引いたらプラスチックの部品が壊れたの。」ジェスチャーしながら言ったけどどこまで通じたものやら。海外駐在でメイドを雇っていた知り合いは、彼女が来る前に掃除をしていたそうだ。その気持ち、今なら分かる!

今にも降り出しそうな空の下を出かける。近くの市場へ行った。屋台でお饅頭みたいなお菓子とシナモンパイみたいなものを買い、かじりながら歩く。
夫がTシャツ1枚を粘って100円くらいまで値切った店、海賊版のCDやVCDを売ってる店など雑多な店が並ぶ。生きた鶏がケージに入って絞められるのを待ってたり、大きな塊の豚肉が骨付きのまま台の上に乗せられてたりと、市場は品物が豊富で活気がある。荷車の上、地べたでも野菜や果物を売っている。
歩道には、ハナスオウ・夾竹桃・泰山木など、こんもり緑が茂っている。夫が「この木、ネズミモチだろう?」と差す木があった。去年暮れに、こちらに来たばかりの時には実がなっていたという。私が日本で探していた、丸葉のネズミモチだった。押し花にして持って帰ろうと、一枝折った。そこへ、向こうから少し足を引きずりながら丸ぽちゃの老人が歩いてきた。彼はネズミモチの木の下で手鼻をかみ、その手を伸ばしてネズミモチの葉で拭くと、何事もなかったかのように通り過ぎた!私は持っていた枝を放り投げた!夫がゲラゲラ笑いながら、「あの爺さんが届きそうにないとこの枝を取ってやる。」と言ったが、断じて要らない!。
お堀に緑の柳がしだれ、歩いて見て回るのは面白い。地べたに、籠に盛った卵と生きた鶏の両足を縛って寝かせて売っている老人がいた。行きに見たときは2羽だったのに、帰りに見ると1羽減っていた。小さい頃、祖父が鶏を締めて毛をむしっていたのを思い出した。あの日常の風景がまだ残っているんだ。でもこの街でも、アチコチで古い煉瓦造りの家を壊して道を拡げたり、ビルを建てたりしていた。半年後に来たら、様変わりしてるかもしれない。
雨にも負けず、小学校の運動会をしていた。親達が見に来ていた。昼で終わるとバイクや自転車に乗せて一緒に帰っていく。

文峰園の「藍印花布芸術館」に入った。織物や藍染めの歴史を古代から現代まで展示・説明してあった。このような歴史的下地があったから、日本の繊維会社も進出しやすかったのかな?と想像する。ここで、初めてドアの無いトイレを経験した。建物自体は新しく、水洗で清潔だが、腰の高さまでの隔壁しかない。便器も覆いのない中国式。端の壁にはシャワーまであった。ドアが無くて隔壁が低い分、掃除は楽だろうな?上からシャワーでザ−ッと流せばいい。私達の他に見学者がいなかったので、そんな事考えながらのんびり用を足した。が、中国式オープントイレを平静で使えたのはこの時のみだった。
夫が北京の故同で自慢していた(?)古い街並みを通った。四合院の造りとは少し違うが、緑のトンネルのある風景は似ている。「南通医学院」があり、白衣を着た学生達が昼食を食べにぞろぞろ通りを歩いていた。
南通の繁華街へ出た。マクドナルドとケンタッキーが斜め向かいで店を出していた。軽く昼食を食べに、「マクドナルド」入った。鶏の辛い味付けのセットとハンバーガーを単品で頼み、2人でつつく。セットだと80元くらいしていたはずだ。ラーメンが1杯が10元くらいだから、中国人にしては高いと思うが、店内は若者が多かった。店の造りや景品で釣る販売方法は日本と同じたったが、一つ違うところがあった。お客は食べた終わったトレーをそのままにして帰る!夫は「人件費が安いし人手はいくらでもあるから、それでいいんや。」と言ったが、私は試しに、いつも日本でやってる様に、トレーを返してゴミを捨てようとした。お客達の視線が私を追いかけてきた。ゴミの分別が分からず手間取っている間に、店員が来て後を引き継いで片づけた。夫は、いらん事するなよという目をして、出口で待ってた。やっぱり郷に入りては郷に従えか?

値段の相場を知るためにデパートに入った。昨日、北京のデパートで見た置物が、もっと安く売られていた。一階の食品売り場へ行った。売り場に入る前にバッグを預けなければならなかった!引き替えの番号札を心配顔で受け取ったら、夫は「ここは大丈夫、この前もちゃんと戻って来たよ。」と言った。と言うことは、そうじゃないともあるってこと?売り場には食品から日用品まで揃っている。中華鍋の種類や量が多いのは当たり前だね。金物のお弁当箱が珍しかった。食堂へ持参してご飯をよそってもらうために取っ手が付いている物だ。シャンプーや洗剤の容器のデザインは、漢字ばかりなのを除けば、日本のメーカーの物とそっくりのデザインだ。勿論中国製品。この売り場を見たら、何も無理して日本から送らなくても十分生活できることが分かって安心した。だが、レジでまた奇妙な行動を目撃した。ラップをかけたレイシーのような果物を買ったのだが、レジ係はそれをつかむと鼻に押し当ててにおいを嗅いだ!思わず夫と顔を見合わせたが、レジ係は知らん顔してパックのバ−コードを機械に通した。腐っていないか確認してくれたのだろうか?でも、鼻を直接当てなくてもいいんじゃない?

陸さんが言ったように結婚シーズンだ。式用に生のお花をテ−プで止めて飾りたてた車を何台か見た。←これは私の感覚からすると上品な飾り付けだ。惜しくもシャッターを切れなかったが、七面鳥みたいな車があった。

タクシーを拾って南風楼へ帰った。北京のタクシーはみんな朱色で、運転席は金属の格子でガードされていた。南通のタクシーは、色はマチマチで、運転席は透明のアクリル版で囲われていた。日本では、お客が一人なら、まず運転席の後ろに乗るのに、中国では助手席に乗る!お客が1人で後ろの座席に乗っていたのを1回だけ見かけたが、お客は車内で新聞を拡げて熱心に読んでいる人だった。

TVでは草剪剛や森本レオが中国語をしゃべってた!「成田離婚」の吹き替え版だった。あの気の抜けたような森本レオの声を、よく通る声の声優がやってたので、しっくりこなかった。地元のニュースもやってた。「Rich Hospital 」と言う名の病院が開業したらしい。え?直訳したら「金持ち病院」?あまりにもストレートな名前じゃない?日本じゃ石を投げられそうな名前だ!翌日狼山への行き帰りに、実物を見た。確かに大きな病院だった。

帰りの飛行機のReconfirmのために、CA機の会社へ電話した。私は「I'd  like to・・・」と丁寧に始めているのに、「Telephone number?」とか「O,K.」とか女性の声は単語の羅列のみだ。最後に私が「Thank you.」というと、友達に言うみたいに「Bye−bye!」と言って電話が切れた! 

パーティー (喜洋洋) 入り口で花婿と花嫁が出迎えていた。場違いな私達に気付いてウェイターが個室に案内にしてくれた。陸さん夫婦がもう来ていた。本当に奥さんはきれいな人だった。「おきれいですね。」と言うとはにかんだ。声の調子も話すスピードも、中国で会った女性の中で一番落ち着いていた。猫かぶってるのかもしれないけど、こんな大和撫子みたいな慎ましい人が中国社会で生き延びていけるのかな?
Kさん夫妻と5才と1才の子供達も来た。去年まで奥さんと子供達もこちらにいたが、病気になったとき、どうしても日本のように十分な手当が出来ないので、帰国したのだそうだ。奥さんは二人の子を連れて行ったり来たりしている。幼い子を連れてこの中国の雑踏を歩けるのに感服する。一人っ子政策の中国では、幼い子は両手を両親に引かれて歩いている。母親一人で両手に二人の子供を連れてる姿はかなり目立つ。陸さん夫婦にも15ヶ月の男の子がいるそうだ。両方の祖父母で、孫を取り合いするくらい可愛がっている。朝、一方の祖父母が孫を保育所に連れて行くと、1時間もしないうちに、もう一方の祖父母が迎えに行って、連れ帰ってきてしまうそうだ。食事時も、ご飯を口に運ぶ係りと、あやす係りの二人ががりだそうだ。私は一人の子に、両親と二組の祖父母の老後がのしかかる将来を思い描いて、笑えなかった。
昨日会った社長さんをはじめ、大人8人だったので、かなりの数の皿を注文した。陸さんは、隣でやってる結婚パーティーの残り物を出されてはかなわないからと、結婚式に出ないようなメニューの物ばかり選んだ。隣の結婚式は200人ものパーティーでとても賑やかだ。座ってるのに飽きた一人の中国人の子が、仕切の曇りガラスに顔をくっつけて、こちらの様子をうかがってる。そのうち3人ぐらい張り付いていた。デザートにスイカの皿が出てきた。テーブルは食べ切れていない皿で満杯だった。小姐はスイカの皿を重ねて置いた!まだ炒め物が残っている皿の真上に!見ていた日本人達の目が丸くなった。誰かが漏らした。「やっぱり中国だ!」
喜洋洋を出ようとすると、出口で乞食が待っていた。結婚式のお客狙いみたいだ。マクドナルドの発砲スチロールのカップにコインをジャラジャラいわせていた。昼間、マクドナルドの値段を見てきた者としては、お恵みをもらってマクドナルドで食事をしてるのだったら許せない気がした。みんなどうするのかな?と見ていた。陸さんだけがコインを1枚入れ、後は知らんふりをした。夫は今までに1回だけ恵んだことがあるそうだ。男の子にずっと付きまとわれて根負けしたそうだ。そんな男の子だって家に帰れば立派な暮らしをしているかもしれないそうだ。


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初めての中国。.「あら〜!」と「あれ〜?」の旅
<4/30 第5日>南通散策(市場・公園・デパート)→
パーティー→南風楼泊
 ニイハォ 中国!