南通工場見学 南通大飯店前でタクシーを拾った。30代の女性の運転手だった。やっぱり女性でもクラクションをガンガン鳴らして割り込まなきゃ、車の流れに入れてもらえない。一面菜花畑の中の道を行く。花が咲いてる頃に夫からメイルで写真をもらったが、広大だった。今は種を付けている。夫は運転手に、
右・左・真っ直ぐの3語の中国語だけで、タクシーを道案内した。工場前で、運転手さんにシャッターを押してもらう。周りをグルリと走ってもらった。工場は今年増設される予定だという。近くにも日系の工場がある。そして周りには従業員用の住宅のアパート群が、続々と建設されていた。
とても活気がある!
狼山 麓でタクシーを降りた。お祭りをやってるらしい。賑やかだ。長さが50センチ

を越える線香が、束になって売っている。それを買って頂上で燃やしてもらうのだ。雑伎団がアクロバットをやっていた。入場券を買う。
←ガラスに大人は15元だが、1.4b以下の子供は8元と書いてあった!年齢ではなく身長で料金が決まるの?
山門の階段を上がるとお堂があり、仏教の高僧達のタイル画がずらりとあった。知って

るのは鑑真くらいだ。更に山道を登る。眺めのいいスポットの柵の前に→の看板がある。柵越えしたくなるお調子者が中国にもいるという事だ。
奥に上がるには再度料金を払わなければならなかった。窓口で、夫がなかなか通じない中国語にイライラしていると、後ろから大柄な中国男性が係員に言ってくれた。日本語が分かるようだ。お礼を言うと「どういたしまして」と日本語で返してきた。そこからはものすごく混みだした。人の波に押されて進むしかない。制服を着た警備員が人の流れを整理している。列を乱す人がいると笛を吹いて肩を押して並ばされる。私達も大人しく列についていたが、どうやらこの列は線香の列で、塔へ行く列ではないようだ。夫が塔へ行かせてくれと警備員の方へ行くと、最初笛を吹かれたが、事情が分かって料金を受け取ると道を空けてくれた。そこから塔の上まで上がるのが一苦労だった。

暗く、人一人がやっと通れるくらいの急な階段を3階まで上っていかなければならない。
どうして中国人って譲ったり待ってることが出来ないのだろう?後、2,3段で登り切るという人の上から、降りる人がやってきて、降りる人と上がる人が階段の途中で身動きとれなくなっている。ほんの少し待つだけで、よほどスムーズに行けるのに!これと同じ行動パタ−ンには、その後、上海の外灘の地下道で再び会い、命の危険を感じたほどだ。やっと登り切った3階。南通の平野と長江のミルク

ティーのような流れが見えた。←上から中庭の池に向かってコインを投げ入れると御利益があるらしい。財布にあった中国のコインと、しまい忘れた日本のコインも持ってるだけ全部投げたが、1枚も池に届かずに屋根に落ちた。御利益が・・・。
この後、本当の中国式トイレに入ってしまった!女子用の入り口を入ると、
低い仕切でドアの無いトイレで、コンクリートの溝をまたいで5,6人の女性が一斉に用を足していた。流行のファッションをバッチリ決めた若い子も、堂々とさらしてる!お風呂に入るようなもんだと覚悟を決めたが、やっぱり少しは待ってる人から見えにくい場所がいい。柱の陰に入った。ところがそこは、溝の下流だった。用を足している最中に、上流から排泄物がドーッと流れてきた。(定期的に水が流れる。)小さい頃は、汲み取り式だったから、溜まってる汚物を見るのは平気だった。が、
押し寄せてくる赤・黄・茶のモザイクの大量の汚物というのは、また別の話だった!特に他人のヤツが何で私の真下を・・・!!
気を取り直して、ロープウェイに乗り、隣の黄馬山へ渡った。すぐ横が長江だ。山道を歩いてワラビや野草を見つけた。お腹が空いてレストランに入った。さて、ここからが大仕事だった。夫も正式にレストランでメニューを見てひとりで注文したことがないのだ。漢字から当たりを付けて、「これはどんなもの?」と小姐に尋ねた。中国語で答えられても分からないので、筆談で、しまいには、豚や魚やエビの絵を描いて確認した。「梅干菜」という漬け物にした菜の上に豚バラを乗せてこってり煮たのと、「白汁(魚回)魚」という、淡水魚の蒸しものを黒酢で食べる料理が出てきた。想像してたのとちょっと違ったけど、とにかく注文できた!ぬるい青島ビールで乾杯!で、やっとホッとしていたところへ、突然中国人男性が私達のテ−ブルに来て、話し始めた。混んでいるので、どうやら相席させてくれと言うらしく、離れたとこに立ってた奥さんらしい人を振り返った。え?こんな狭い席に?もう、私達の皿でもやっとなのに!
夫は日本語で「ダメだ」と手を振って断った。私も、こういう場合、間違ってるかもしれないが「不対!」と中国語で言ってみた。そこで向こうはやっと私達が外国人だと気が付いたらしい。黙って去った。

黄馬山を歩いて降りて、狼山まで戻った。味付けしたゆで卵を売ってたので2個買った。私達が買ってるのを横で見ていたおばあさんが近づいてきて、小さな赤いお札を出してなんかしきりに言う。「不要!不要!(いらない)」と言って通り過ぎようとしてもとてもしつこい。お参りしたり、お金が儲かるというジェスチャーをして、夫の胸に札を押しつけている。「タダでくれるっていうんじゃないの?もらっとけば?」と私が軽く言うと、夫は「違う!買えって言うとるんや。こんなのもらったら大変なことになる!」とおばあさんの脇を抜けて逃げるようにしてその場を離れた。何も悪いコトしてないのに何で逃

げなきゃ行けないの?と思ったが、おばあさんの片手が火傷の後のように引きつり、指先が無いのに気が付いた。そのおばあさんの後ろに、まだ似たようなおばあさん達が何人かいた。このお祭りの賑わいの中に、膝から下が無い片足を歩道に投げ出して座り、前に缶を置いている男性もいた。
中国の障害福祉はどうなっているのだろう?女の子が仲良く手作りのブランコに無邪気に乗っているのを見てホッとする。・・・中国は共産主義と資本主義の間で揺れている!
夕食は「上海人家」というレストランへ出かけた。またメニューと格闘しなければならないのかと心配したが、英語のメニューを持ってきてくれた。中国語の下に英語が書いてあるが、材料が書いてあるのみで、どんな料理か想像がつかない。出てきてからのお楽しみだと、やけ気味で注文した。「南瓜百合」「仙居豆腐」「冬瓜扁尖番茄湯」、そして問題の「揚げ餃子」を注文した。小姐が「4個か8個か?」と聞いた。大きさを確認せずに、日本の標準的餃子の大きさを想像して「8個」と答えた。出てきた餃子を見て驚いた。1個が私の拳くらいの大きさだった。5つも残してしまった。おいしいのにもったいないので、小姐を呼んで餃子を指差し、「パオ(包)」と言いながら、包んで持って帰るジェスチャーをした。すると、小姐は、持ち帰りのもう一皿が欲しいのかと、注文しようとした。夫と私は「違う違う!」と慌てて小姐を止めた。夫は紙に絵を描いて何とか理解させようとした。ようやく小姐が理解し、笑いながら発砲スチロールの容器を持ってきた。汗拭きながら「謝謝!」とお礼を言った。

昼間歩いたときは気付かなかったが、電光の看板で目立つ、避妊具を売ってるお店があった。一人っ子政策が厳しいから、必需品である。夫の会社では、結婚するにも、妊娠するにも夫の許可が居るのだそうだ。無許可の場合はクビに出来る。夫が赴任後に、一人無許可で妊娠した女性労働者がいたそうだ。幸い、妊娠枠(年間3人)に余裕があったので、クビにしなくて済んだそうである。・・・中国の女性は大変だ!
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