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2nd 白山高山植物園に出かける。ニッコウキスゲやシモツケソウなど盛りである。展望台へのなだらかな道で野生のカモシカに出逢った。カモシカはつぶらな瞳でじっと私と夫を見続ける。私が挨拶代わりに口笛でホーホケキョと鳴いてやると「へたくそ!」とでも言うように、右の耳だけペコリと動かした。その興奮を持ったまま、太田の大栃の木を見に行った。推定樹齢1300年。万治の頃の白山噴火も知っている。根っこの洞を覗くと、顔にひんやりした風が吹いてきた。まるで栃ノ木から息吹をかけられたようだった。小雨が降ってきたが、大栃の木の回りだけは葉の茂みが雨を受け止めていた。人間の寿命なんて微々たるもんや。
3rd 25年ぶりに短歌会に参加した。Nさんが懐かしそうに声をかけてくれ、隣に座った。彼女は出席したのは久しぶりだけれど、ずっと短歌を提出し添削を受けていたそうだ。「スーパー超!」が付く位、忙しい日々を送っている中で、提出日を守って来た事は、それだけでも価値がある。K講師の語り口は、年を重ねて随分融通無碍になっていた。私に短歌の再開を決意させた『歌語り 悲しみの芸術』(御木達哉)と『千メートル』(野村美智子)の2冊の歌集をバッグに忍ばせて行った。
4th 朝から熱風。朝の家事を終えたら出かける予定でいたが、座って冷たい紅茶を飲んだら、もう立ち上がる気力が湧かない(^^ゞ 昼近く、届いたメールに急かされる様に家を出た。帰宅すると、開いていた窓から寝室に雨が吹き込んで、夫のベッドの足元が水浸しだった。ベッドをタオルで拭き、床のマットを干し、ついでに床掃除。寝室のエアコンを湿度40%に設定して、夫が寝るまでに乾いてくれとスイッチを入れておいた。帰宅して寝室に着替えに行った夫が言った。「部屋がすごく気持ちいい!」…「仕事で疲れたあなたのために、部屋を整えて待っていたのよ」なんて、たとえ演技しても、口が裂けても言えない。
5th 一昨日古い家に夏の肌掛けを取りに行った時、押入れに干したぜんまいを見つけた。持って帰り、茹でこぼして戻そうとしているがなかなか手ごわい。夫はもう十年以上前のものだから捨ててしまえと言うが、そう言われると意地でも料理してやる!になる。昔、お城は兵糧攻めになった時を想定して、畳に干した山菜を編み込んだと聞いた。別にうちは、いくさをしてはいない。スーパーに行けば味付けするだけの太いぜんまいが手に入る。が、ぜんまいを取りに行って綿を取って揃えて茹でて、灰を付けて、天気を気にしながら干して、揉んで仕上げて乾燥剤を入れて仕舞って…そんな手仕事の集積を簡単に捨てられるか!折しも、日本料理をユネスコの無形遺産に登録しようというニュースが流れていた。
6th 英会話の帰りに叔父の施設に寄った。T叔母が叔父を叔母が入院している病院へ連れて行き、施設に戻って丁度お風呂に入ったとこだった。待たせてもらうと言うと職員から新聞をどうぞと渡された。ショートスティなので、叔父の部屋は荷物も少なく殺風景だ。食堂でいっせいに口腔体操をやっていた。施設は食事の心配もなく、風呂も空調も快適だ。いずれは私もこういう施設にお世話になるかもしれない、と思った途端、食堂や廊下の幼稚園のような飾りつけの掲示がたまらなく嫌に見えた。どうしてもっと大人のセンスにならないのかな?叔父はお風呂を終え、こざっぱりして落ち着いていた。叔父からみれば、私は今も世話を焼かせる姪なのかもしれない。洋服の裾がまくれ上がっていたのを直し、満足したように「ほんなら」と手を挙げて別れた。手の挙げ方が、さすが元自衛官(^^ゞ
7th 夫の会社は今月から木・金が休み。夫は自分で確認するように何度も「今日は休み」と言って、畑へ出かけた。
リウマチ友の会委員会、8人参加。大会の残務整理&今後の行事に向けて。早めに終わったので、帰宅後、夫と共に叔母の見舞いへ。まだ手術後の足はむくんでいたが、元気にしゃべる!次に娘の結納返しの打ち合わせで『折り方』のお店へ。結納と結納返しを同時に行うので、結納に形式を合わせてもらう。口上を書いた紙をもらう。チラリと見た夫は溜息をつき「おまえが言えよ」(^^ゞ 夕方、姉がハワイのお土産と新郎新婦以外はアロハやムームーの結婚式の写真を持ってくる。来月は娘の結納・姪の披露宴・甥の披露宴と慶事が続く。
8th 天気予報では最高35℃になる予想。家の事は放り出して夫と『避暑』に出かけた。スーパー林道へ向かう。夏得料金の上に、貸し切り状態で空いている。雨の後なので、滝という滝全部水量が多い。『姥が滝』の老婆の白髪は、まさに髪振り乱していた。『ふくべの大滝』では水煙のミストを全身に浴び、生き返った気がした。ブナ林は白い妖精のようなギンリョウソウの群生で出迎えてくれた!山で食べるおにぎりの何とおいしい事か!まだ日が高かったので、飛騨古川に寄り、瀬戸川に沿って白壁の町並みを歩いた。夫は以前自分が食べるつもりで買ってきた赤カブの漬物を、私がよそへおみやげにあげたのを根に持っていて、リベンジだとばかり2袋買って満足した。宮川が神通川になるあたり、川面は霧で覆われていた。9th 今日は暑いと覚悟を決めて、意地を張らずにエアコンを付け、パソコン作業に没頭しようと思った…心頭滅却すれば火もまた凉し…くはならず、作業は捗らない。お客さんが来て、Tシャツ一枚に短パン、頭にターバンといういでたちのまま玄関を開けると、ドアの向こうにも同じような格好の人が立っていた。娘の職場の上司だった。娘が何かチョンボしたのかと一瞬ヒヤリとしたが、今日中に姉に渡さなければならない機材があって、姉の家を知らないので代わりにうちに持ってきたとの事。そして、介護保険導入前に市が開いていたリウマチの機能訓練に参加していた頃の私をご存知だと言う。やっぱり小松は狭い!
10th 昨夜は9時過ぎに寝たので、朝は3時過ぎには目が覚めてしまった。完全に老人の睡眠パターン(^^ゞ まだ夜明け前。パン焼きをセットし、米を研いで予約した。生ゴミをコンポストに捨てに行く頃、東の空がオレンジに染まってきた。田舎の百姓は朝が早い。畑仕事をする人や水門周りをしている人影がポツポツ見える。白山は雪が溶けてしまっているので『黒山』にしか見えない。早起きして充分動いたので、朝食は昨夜残りのカレーをたっぷり食べ、食後は昼寝。気温が上がる昼間はエアコンつけて、友の会のハガキやシールの印刷をし終える。昼ご飯食べてまた昼寝。…2回の昼寝をはさんで、今日は3日分生きた気がする。でもまだやり残した事がある(^^ゞ
11th 明日の準備に資料を印刷して…と思ったらインクが切れた。夫の晩酌用のビールも切れている。軽油も満タンにしておかないと…暑い街中に外出するのは億劫だが、出てしまえば勢いがついた。夕方畑へブルーベリーを摘みに行ったが、日照のせいか実が小さく、木についたまま自分勝手に乾しブルーベリーになってるものもある。ピーマンだけは異様に元気で、カゴに山盛りとってくる。家の周りの水撒きも手の痛みが無くなってから楽しみな作業になった。お盆用にと蒔いたヒマワリは結局芽が出なかった。蒔いた覚えが無いのに、青シソが数本育っている。水撒きしながら植物と会話できる贅沢な時間だ。
12th 国際福祉専門学校七尾校のリウマチ患者の語り部授業に6人で参加。道が空いていて30分も早く着いた。冷房が効いていて、阿弥陀像のある応接室に丁寧に通された。昼食には、とても品の良いお弁当が出され、私達は「今日の参加者はラッキー!」と盛り上った。実は、学生の中にMさんの息子さんがいるのだが「シークレット!」と言って、スルーしようとしている。こういう時、私のお節介虫がうごめく。発表終了後の質問時間に質問が出なかったので、こちらから質問を投げかけた。「皆さんの中で身近にリウマチの方がいる人はおられませんか?その方はどんな生活をされてますか?」二人目にMさんの息子さん渋々手を挙げて母親について話した。「あなた達が接しているリウマチ患者は、痛みや辛さを口に出さず、無理して頑張っている人達かもしれません。どうか、それを受け止めて感じてほしいものです…」私は自分の息子に言うような気持ちになっていた。
13th 支部報用の原稿を頼んだMさんが、昨日家まで持って来てくれたが、留守だったので、今日の午後に来てもらった。絵手紙の教室に通っていると聞き、ついでに作品を持って来てもらいスキャンした。昼前、英会話の帰りにゼリーでも買って来ようと思いながら忘れたので、帰宅後慌ててありあわせの材料でフルーツゼリーを作った。おっそろしく久し振りで、何か間違えた。羊羹みたいなゼリーになってしまったが、彼女はおいしいと食べてくれた(^^ゞ 彼女が帰って時計を見ると、まだ午後早い。月曜の午後にすっかり忘れて眼科の視野検査の予約をすっぽかした。今から行っても良いか電話をすると、すんなりOKが出て、検査後医師の診察もスムーズに受けられた。が、微妙に診断が付かないので、大学病院の専門医の教授を紹介された(^^ゞ
14th オレンシア9回目。敢えてリクライニング席を選ばず、肘掛のある硬い椅子で受ける。この椅子の方が私には合っている。最初の頃は針を刺す場所に迷ったが、最近は点滴前に、受ける側の手を下ろしておいてブラブラさせたり、腕を叩いて静脈を探しやすくしておくことも覚えた。生物製剤を受ける人が増えたので、今までの人は水曜に移ってほしいと言われたが、断固水曜以外にしてくれと譲らず、月曜にしてもらう。これまでのCRPとMMP-3の値をグラフ化したものをディスプレイで見せてもらった。印刷してほしいと言いかけて慌てて止めた。過去2回、これを言って失敗した。何故かグラフでなく大量の検査データがプリントアウトされ、気まずかった(^^ゞ 大学病院の眼科で精密検査を受けると伝え、リウマチの治療状況の紹介状も書いてもらった(*^^)v
15th まだ涼しい内に、夫はじゃが芋の堀り上げ。猫の手よりも間に合わない私も、一応応援に行く。去年は濡れたじゃが芋の処置に困ったが、今年は早々に梅雨が明け、じゃが芋は土から出るとすぐに表面の土が乾いてくる。昔ながらの男爵と、男爵系のキタアカリとメークインの三種類が一箱ずつ取れた!シャワーと朝食を済ませて、金沢のムサシへ出かける。広い店内は、節電により冷房が効いていない。扇風機売り場の前で一休みしながら、庭や台所の小道具を買う。暑さで夫も私もボーっとしていたのだろう。帰宅して袋を開けると、買った覚えが無いナイロン袋が出て来た。レシートにも付け上げてある。二人でレジを見ていたのに、全然気付かなかった(^^ゞ ランチに、夫を『野ふうど』へ連れて行った。待たされている間に冷製スープのサービスがあり、ホッと一息ついた。夫は、女性客が多品種のデザートをお皿にてんこ盛りするのを見て笑っていたが、いざテーブルに付くと、隣の席の人が食べているのを見ては、あれも食いたい、これもまだ食ってなかったと足しげく、料理を取りに行っていた。私は野菜料理のヒントをいっぱい仕入れた。
16th 久し振りに娘に洗髪してもらう。ついでに伸びかけた髪をゴムやピンで留めてもらった。で、俄然家事にやる気が起きた。クマのぬいぐるみを洗面所に浸けて手洗いした。夕飯用のじゃが芋スープとトロトロ半熟卵を作って冷やしておく。きゅうりのピクルスを2瓶作る。スーパーから糠床と漬物容器を買って来て、なす・きゅうり・ニンジンを漬けた。変形した手では無理なので、ゴムべらで糠味噌を混ぜることにした。糠漬けは、手の痛みに負けて、もう十年以上作れなかった。この新しい家では冷蔵庫に入れておかないと、大変な事になる!家と私の今に合わせた、新しい糠漬け1年目が始まった。
17th 明るくなるのを待って、畑へ行った。勝手に生えて育っている赤シソと青シソを切ってきた。ザブザブ水洗いして葉をちぎった。夫や娘が出かけて、台所が私の天下になるのを待ち、ジュース作りにとりかかった。時々よそからもらうが、それぞれ味が違って面白い。それぞれ作り方を聞き、私がおいしいと思ったレシピを私なりにミックスした。赤シソだけではしつこく、青シソを加える。白砂糖でなく、グラニュー糖を使おう。クエン酸の瓶の箱に書いてあるレシピも参考にする。赤シソの量が足りない!グラニュー糖は買い忘れた!ま、いいか。先日梅ジュースに使った残りの氷砂糖で代用した。赤と青、両方の葉を同時に熱湯に入れたのに、赤はすぐにしんなりし、青は搾りかすになっても原形を留めるほどしぶとい。氷砂糖はなかなか溶けてくれず、液を冷ます間ずっと箸でかき混ぜ続けた。来年は絶対グラニュー糖だ!2.5リットルの原液が出来上がる。夫はクエン酸から「食えん酸」を想像し、飲まないと言ってたくせに、何杯も飲んでいた。焼酎割りにも使っていた。そらみたことか!
18th 何故か今年のヤマモモはとてもおいしい。例年は酸っぱくて草っぽくて、洋酒を隠し味に、砂糖漬けしないと口に入れられなかった。鳥達さえ、ヤマモモだけはつつかず無傷で残した。今年は実が熟する頃に日照が続くせいだろうか?洗ったヤマモモをざるに入れて、カウンターに置いて、前を通るたびに口に放り込んでいる。爽やかな甘酸っぱさが口に広がって、スッキリする。ここ何年も口がヒリヒリしていたのも治まってきた。今日はいやに仕事がはかどるなぁ、優勝したなでしこJAPANからエネルギーもらったから?と喜んでいたら、腕時計が止まっているだけだった(^^ゞ
19th 昼下がり母の友人のNさんが、娘さんの車でやって来た。去年のお盆にも、お墓参りも兼ねて来たがっていたのだが、夏バテしていて来られなかった。先日お会いした時、「あまりにも死んだ人の事を思い出しすぎてはいけないのだけど、とても淋しい」と言っておられた。Nさんは母の遺影とまだ京都に持って行けずにある遺骨におまいりすると、ポツポツと想い出を語り始めた。時々主語や目的語が抜けるのを、隣で娘さんが補った。随分昔から、私も母もNさんやその家族と知り合いだ。女性リーダーとしてNさんには一目置いていた。母はNさんを車に乗せてあちこち出かけていた。「私の方が年上で、病気をいっぱい持っているのに後になってしまった。まだ私、やる事が残っているんやと思うとるんやけど…」とNさんは自分を納得させるように何度も言った。母の懐紙入れを、お数珠入れに使ってと渡すと、喜んでくれた。
20th 昨日小松空港発の成田便が、航空日誌を乗せ忘れて引き返し遅れたニュースが全国版で流れていた。英会話で、Nさんの娘さんが、市の事業でゲーツヘッドに行くために乗っていた話をした。幸い乗り継ぎ便は待ってくれたが、「ただでさえ乗り物酔いするのに…」と心配していた。付加疑問の練習で、Yさんが「最近は市役所の窓口が親切になりましたね」という例文を作った。渋々同意した人もいた。その後、市役所へ印鑑証明を取りに行った。料金を支払うのに変形した手でモタモタしていたら、その間に窓口の人が書類を折りたたんで封筒に入れて渡してくれた。あの例文に、今なら確信を持って同意する。Oさんのお見舞いに行ってしゃべり、夕方姉が来てしゃべり…世におしゃべりの種は尽きまじ(^^ゞ
21st 夫が平日に休みのメリットを生かして、観光地に出かけるつもりでいたが、天候と体調と優先順位から予定を変更した。午前中に、夫の嫌いな書類や手続きの用事を済ませる。未だに母の後始末に振り回されている。でももう『後始末』という言葉を使うのは止めようと思う。新たなスタートのための、そう思うと少しは気が楽になった。午後には高速を使わず福井へ向かった。久し振りに8号線をひたすら南下し、越前打刃物組合へ行った。娘の新家庭の包丁を買い、名前を刻んでもらった。一生大事に使って、おいしい料理を作って、家族を幸せにしてほしいと願う。今私が使っている鈍った包丁も研いでもらおうと持参した。夫が定期的に研いでくれるが、お店にある包丁との切れ味の違いを目の前で証明され、夫はショックを受けていた。すぐには研げないからと、代わりの包丁を貸してくれた。
22nd もう10年以上前に、義兄夫婦が駒ガ岳のロープウェイは楽しいと勧めてくれたが、混んでる所が好きじゃない私達は行けないでいた。朝3時に起きて支度をし、4時には出発。9時過ぎには、しらび駅からロープウェイ駅行きの臨時バスに乗った。平日だと言うのに、千畳敷には次から次へと団体客が送られてくる。ガスのかかる宝剣岳を眺めながらおにぎりを食べていると、突然隣の団体客の女性から「北陸の人ですか?」と聞かれた。私達夫婦の会話を聞いて、懐かしくなって思わず声をかけてきたようだ。聞けば、ふるさとは夫の実家から近い。その隣の団体客が啄木の「ふるさとの訛なつかし…」の歌を口ずさんだ。コバイケイソウをはじめ、夏の高山植物が見ごろで、じっくり写真を撮りたい夫とは別行動しようと、私は先に売店へ向かった。売店に着いてすぐに、追いかけて来た夫が「何やっとるんや!番号札もらわんと帰れんぞ!」と焦っている。混雑してきたので、下りのロープウェイには番号札がないと乗れないとアナウンスしていた。慌てて番号札をもらったが、混雑のピークには2時間待ちになるようだ(^^ゞ 幸い30分ほどで乗れ、バスにもスムーズに乗り継げたが、下界に下りた途端暑さにげんなりした。
23rd きゅうりが採れ過ぎて困る(^^ゞ 2日間採りに行かなかったらヘチマのようなきゅうりに化けていた。巨大きゅうりは根元に,返して、食べごろばかりを持ち帰ってきたが、それでも多い 畑の隣家に3本分けてきたけど、10本あげれば良かったかな?近所の人は皆畑を持っているし、畑の無い人も近所からもらうので、きゅうりがダブついている。昔は塩漬けして日に干して粕漬けにしたが、今そこまでやる気力・体力がわかない。まるで命の爆発のように実らせているきゅうりの、せいぜい旬を楽しむしかない。24th Oさんが、レディースネットワークの「きてみまっし」の校正原稿を持ってきた。千葉にいるOさんちの息子さんが、婚活してめでたく(?)同棲しているそうだ。で、慌てて親のつとめを果たすべく、来月息子の新居へ行くそうだ。あじさいのお食事会の話をするどころではなかった。校正原稿の封筒に話し切れなかった事をズラズラ書いて家へポストインしてくる。夜はTさんちのおばあちゃんのお通夜に出かけた。あのおばあちゃんはいつもまじめに仕事をしていた。人の悪口を言ったりするのを見た事が無かった。そこで久し振りにUさんに会った。いきなり「あんたぁ、そんなめんでぇ白髪頭しとらんと染めんかい!」と言われた。構ってくれるな!
25th リウマチ友の会、秋の行楽と温泉療養のための下見。6人で行く予定が、風邪や事故などで半分欠席(^^ゞ 暑い盛りの今だが、来るのは11月の初旬である。セミ時雨の中、紅葉した山の風景を想像してあちこち訪ねる。高山植物園は『閉園』だった。支部長が持参したガイドブックには、さも通年開園しているような書き方だった。やはり現場を確認しておかないとエライコッチャになる。しかもリウマチの目で!白峰で『出作り定食』という鄙びた昼食を食べた。『かっちり』という小さいじゃが芋を皮ごと甘辛く炊いたのがあった。さっそく、家に帰って、くずのじゃが芋を炊いてみた。コクを出すため油で炒め、かっちりさせるためザラメを焦がしぎみにし照りを出した。叔母からもらったササゲを彩りに添えた。娘は一口食べて「さつま芋みたいにおいしい」と言った。エ?それじゃ、じゃが芋の立場が無いではないか。私も小さなじゃが芋を『くず芋』と呼ぶのは失礼だ。
26th 夫は出張の予定。朝のラジオニュースで北陸線が人身事故で不通と言っている。詳細を調べようとネットに繋いだが、ニュース以上の情報は無い。しばらくして徐々に回復していることがわかり、とりあえずPRADOで駅へ送って行った。遅れて着いた一つ前の列車で、どうにか出張には間に合った。夫は列車の心配よりも、私がまだ無傷のPRADOを街中で運転し、家の駐車場でルシーダとヴァンガードの隙間にちゃんと駐車できるかを心配していた(^^ゞ 夫は私の運転より日本の鉄道システムを信頼している(^^ゞ27th 午前の外出から帰宅し、ここ最近忙しくて整理できなかった書類の山に手を付けた。大チョンボ発見!今まで請求書や提出しなければならない書類が送られてきたとき、すぐ出来るのものは3日以内に、出来ないものは次のアクションへの何かとっかかりを作って置くのを掟にしていた。そして一度忘れても思い出したときは、その時にそれを最優先してやることにしていた。自分の掟をすべて破った罰だ。午後はその対処に(^^ゞ
28th 休みの夫と、義兄の家へ甥の結婚式の写真を見に行く。1ヵ月前から誘われていたが、お互いのスケジュールが合わず今日まで延びた。たった4人が顔を合わせるだけでもこんなに厄介とは…(^^ゞ 甥たちはそれぞれの親と共にフランス・ツァーに参加し、途中の自由日程にパリの教会で式を挙げた。義兄は結婚式の当日、カメラのバッテリーをホテルで充電したまま忘れ、結局肝心の結婚式は撮れなかった。幸い夫婦それぞれカメラを持っていたから、義姉のカメラで撮れた。夫は帰宅後、「人の撮った(シロウトの)写真ばっか見てたらとても疲れた」(^^ゞ 私は同じ場面にいても、義兄夫婦が違うものを撮っているのが面白かった。
29th 仏壇屋さんへおつかいもの用のお線香を買いに行った。母親とその娘らしき二人連れが数珠を選ぶのに迷っていた。多分結婚を控えた娘さん用のを買いに来たのだろう。うちも先月娘の婚約者の親族にご不幸があったので、一生大切に使うようにと、二連の数珠を買って娘に渡した。私の祖母の一人が、子の世代には真珠の二連の数珠を、孫の世代には真珠の一連の数珠をプレゼントし「これでウラの葬式にめぇってくれ」と言った。叔母のひとりは「同じ真珠ならこんな数珠よりネックレスがほしかったのに!」と文句を言っていた。私もその頃はそれもそうだと思ったものだが、今なら祖母の気持ちの方がひしひし伝わってくる。変形した手をお数珠に通して合掌するのは苦労するけど。
30th 忙しくて読めなかった新聞を積んでおいたら山になった。山崩れが起こったので、読んで古紙屋さんへ出そうと頑張った。過去の新聞を読んでいると、未来を見通せるエスパーになった気分だが、それって大して面白くも無い。ささえあいCOMLの辻本好子さんの小さな死亡記事があった。1月の金沢での講演会ではあんなにしっかりお話しされていたのに…。やっぱり新聞は読まずに捨てられない。新聞を読む暇が無い時は、ラジオのニュースやネットのニュースのトピックスをざっと見て、興味のあるものだけ詳細を読んでいたが、ひっかからなかった。31st 最近Amazonで買った本は、まんまと引っかかってしまった。新聞の広告欄に『生物学的製剤が使えなくてもインターロイキンは正常化できる−副作用に悩まないリウマチ改善法』という本を見つけ、購入した。届いて、開いて読み始めてすぐに落胆した。代替補完医療でサプリメント(杉白豆)の話だった。もしこれを、書店で手に取り、実際にパラパラめくったならば絶対買わなかったろう。で、積読にするのも癪で、余白に「それって本当かいな?」と思ったことを鉛筆で書き込んで、ツッコミ入れている。古本として売れないくらい、びっしりと。